纐纈は、未だ戸惑いの中にいた。
頼みの綱であるキャスター本人から、“ライダーに勝つのは正直難しい”と告げられたからである。
だが同時に、彼女は確かに“負けない手立てならある”とも言っていた。
「(キャスターのことだから、絶対に何か策があるんだろうけど……一体どんな手なんだろう?)」
首や肩を鳴らしながら次の動きを考えているキャスターを見つめ、纐纈は心の中で呟いた。
その一方で、轡水は鋭い目付きのでキャスター陣営を睨み据えていた。
「キャスター体力で劣る筈だ。 休ませるな。 執拗に攻め続け、動きが鈍った瞬間に潰せ。」
「うむ。 合理的な策だな。」
轡水の重く冷たい声に、ライダーが静かに頷く。
疲弊を狙う──戦場において極めて正しい判断である。
ライダーは轡水の悪意には従わずとも、“戦術”として有効な部分だけは受け入れていた。
当のキャスターは、纐纈の横で広場周辺を見回していた。
この周辺は既に調査済みだからこそ、“使える地形”が頭に入っていた。
「士。 あの辺り、木々の間隔が少し疎だね。」
「……えっ?」
纐纈がキャスターの指先の向こうに目を向けた、次の瞬間、何かを察した様に目を見開いた。
「あっ──そっか! じゃあ次、そっちで行こう!」
「ふふふ。 話が早くて助かるよ」
言葉は短いが、二人にはそれだけで充分だった。
「よーし、キャスター! 反撃フェイズ、いってみよー!」
「オッケー。」
掛け声と同時にキャスターが中華刀を右手に構え、ライダーへ一直線に駆け出した。
その様子を見た轡水が、ライダーへ静かに告げる。
「分かっているな? あいつは何をしてくるか読めない。 こちらが主導権を握れ。」
「うむ。」
ライダーの澄んだ視線は、真正面から突っ込んでくるキャスターの全身を観察している。
「(……次はどう動く? 右か、左か、或いは──)」
ライダーは思考を巡らせながら、槍を構える。
互いの距離が槍の間合いへ差し掛かった、その瞬間──
──ザッ
「──むっ。」
キャスターの足が地を蹴り、踵を返した。
右でも左でもない、V字を描く様な鋭角の軌道で駆け抜け始めた。
「追え。 背を向けた今が好機だ」
「うむ!」
轡水が即座に鋭く命じ、ライダーが一歩遅れて地を蹴る。
追走しながらの速度重視の薙ぎ払いで、キャスターに追撃を試みた。
「キャスター!左袈裟!」
「オッケー。」
纐纈の短いコールに合わせ、キャスターが左へ鋭くスウェーを繰り出し、背後を槍が裂いた。
髪が数本宙を舞うが、肉には届かない。
「ライダー。 追撃を増やせ」
「承知。」
ライダーの槍がさらに加速する。
「左中突き! 右下突き! ──燕返し!」
繰り返し纐纈の指示が飛び、キャスターが全てに応じる。
最小限の動きと最低限の回避が、異様な程に噛み合っていた。
纐纈の瞬間判断とキャスターの反射が合わさることで、異常な回避精度を実現している。
最早これは“軍師一人の戦い”ではなく、完全に二人一組の戦闘だった。
「止めるな。 そのまま押し潰せ。」
「うむ。」
ライダーが大きく踏み込む。
今度の一撃は見るからに重く、脇腹を砕くつもりの渾身の横薙ぎが振り込まれた。
「──よし。 計算通り。」
キャスターは避けず、纐纈も指示を飛ばさない。
その理由は──
──ガツンッ!!
「……むっ。」
ライダーの槍が、鈍い衝撃音を乗せて木々へ激突していた。
「っ……!」
衝撃でライダーの腕が僅かに痺れる。
キャスターが先程から誘導していた場所は、木々が狭く並ぶエリアだった。
つまり、槍の横薙ぎや大振りが封じられる地形である。
「……ちっ。 あの女、最初からそこへ誘導していたか。 ライダーの攻撃範囲を、地形で削ぎ落としやがった」」
轡水の眉間に深い皺が刻まれ、遠方から聞こえるレベルの舌打ちが飛ぶ。
今のキャスターは木々の間に立っている。
そこでは、横薙ぎや袈裟斬り、そして大振りの連撃が著しく制限される。
つまり──ライダー最大の強みを、地形ごと削り取ったのだった。
「ふむ……我が手段を狭める策か。 中々に見事だ。」
静かな声だが、その目に焦りはない。
「だが──考える手間が省けただけよ。」
「ふふふ。 それは何よりだね。」
キャスターが肩を竦める様に笑った。
今やライダーの横薙ぎは封じられ、木々が槍の軌道を阻害し、横振りも大振りも難しい。
だが、同時にキャスター側も逃げ場を削られていた。
これまで刺突を避けられていたのは、左右へ回り込む空間があったからだが、今は木々が進路を狭めている。
つまり、ここは“刺突の間合い”だった。
「ここまで頭を回したのは評価しよう。 だが──追い詰められたのは其方も同じだ。」
ライダーが静かに語ったその瞬間、左脚が踏み込まれた。
──ドッ!!
地を抉るような踏み込みと同時に、鋭い刺突が一直線にキャスターを穿つ。
本来なら右へ流し、左へ抜ける。
それがキャスターの定石だが、今は木々がそれを許さない。
ならば──
「キャスター! 今だよ!」
「オッケー。」
纐纈の合図と共に、キャスターが左右の木へ同時に手を掛けた。
次の瞬間、その反動を利用して低空へ滑り込む。
まるで地を這う燕な脚がライダーの踏み込み足を払い、ライダーの巨体をわずかに傾けた。
「──むっ。」
だが、流石は歴戦の王。
即座に槍の柄を地へ突き立て、それを軸に体勢を立て直す。
更に、その勢いのまま頭上から槍を叩き落とした。
──ブォンッ!!
「当然、当たらないよね。」
風の音が鳴る大振りを、キャスターは軽やかな足捌きで回避する。
「(咄嗟の判断と切り返しが異常に速い……流石歴戦の戦士。 伊達に戦場を生き抜いてないね。)」
そのまま木々の奥へ潜ろうとした瞬間、ライダーが静かに槍を片手で構えて口を開いた。
「キャスターよ、其方の策は見事だ。 だが──大事なことを忘れている。」
「……ほぅ?」
キャスターが目を細め興味を示すと、ライダーはそのまま木へ手を掛けた。
「我がクラスはライダー。 かつて私は、海を越え、島々を制した」
言葉を紡ぐと同時に、そのまま軽々と木を登り始め、老齢とは思えぬ動きで枝へ飛び移る。
「時には船に乗り、時には荒野を駆け、自然そのものと共にこの身を投じて戦ってきた。」
「……海に浮く船──なるほど。 そういうことか。」
言葉の意味を理解し、キャスターの目が見開かれた。
「大地こそが我が乗り物──」
──ドゴォッ!!
次の瞬間、爆発じみた音と共に木を蹴ると、巨体が砲弾の様に飛んだ。
「即ち──自然こそが、我が味方。」
「──っ!!」
キャスターが咄嗟に身体を捻るが、全体重や回転や踏み込み全てを乗せた“射出”は、ただの突撃ではないく、最早人間兵器だった。
「やるじゃないか……!」
キャスターが咄嗟に中華刀を滑り込ませ、槍を受け流すが──
──ガギィィィンッ!!
「──おっと!」
凄まじい衝撃に、身体ごと吹き飛ばされかけた。
「えぇっ!? なにあれ!? いつの間に兵器と戦ってるの!?」
纐纈が思わず声を上げるのも無理はない。
今の一撃は最早“武術”ではなく、砲撃だった。
ライダーの槍先が地面へ深く突き刺さり、その隙にキャスターが先の程衝撃に痺れた両腕を振って距離を取った。
「ふふふ。士、これで分かっただろう?」
肩で息をしながら、それでも笑うキャスターの姿に、纐纈も流石に引き気味だった。
「うん。 なんでキャスターが“勝つの難しい”って言ったのか、めちゃくちゃ分かったよ!」
「だろう? 正面から付き合えば、流石に分が悪い。」
肩を竦めてキャスターがそう語るが、纐纈の目に映る彼女は少し様子が違っていた。
「……っていうかキャスター、今日一番楽しそうじゃない? 口角が上がってるよ。」
「あぁ。彼、かなり良い。」
「対戦ゲームで強キャラでも見つけた時みたいなテンションで言うねぇ!?」
この様な戦況でも、二人はいつもの日常の様な気持ちで軽口を叩き合っていた。
「下手をすれば、私から跪いて敗北宣言したくなるくらいさ。」
「えぇぇぇ!? こりゃマズいよ!!」
しかし、両手を天に向けて肩を竦めて語るキャスターに、纐纈も分かりやすい程に焦燥を見せた。
一方、槍を地から引き抜いたライダーの元へ、轡水が歩み寄る。
「あいつら、そろそろ限界だ。 もう小細工も尽きる。 その力を存分に叩き込め。」
「うむ。」
ライダーは静かに頷くが、その目は依然として鋭かった。
「……しかし、これまでの洞察力から、油断はせぬ。」
本来なら、先程の一撃で勝負は決まる筈だった。
だがキャスターは、咄嗟の判断であの一撃を受け流した。
それだけで充分異常が故に、ライダーは決して彼女を侮らない。
それこそが、幾多の戦場を越えて生き残り続けた王の流儀だった。
「ライダー……その判断、正解だよ。」
キャスターが静かに口を開くと、ライダーの周囲に幾重もの波紋が浮かび上がった。
既に無数の武器の刃が現れ、ライダーを包囲していた。
「私はまだ諦めないさ。」
「いいよいいよっ! ゴーゴー!!」
キャスターと纐纈が声を上げると同時に、武器群が一斉に放たれた。
──ブゥンッ!!
──キィンッ!!
──ガギィィンッ!!
しかし、プロペラの様に回転するライダーの槍捌きが、飛来する武器を次々と弾き飛ばしていく。
しかも、ここまでの戦闘を経て、既に身体が戦闘へ馴染み切っている。
槍の速度や踏み込みや反応の全てが、戦闘開始時より明らかに研ぎ澄まされていた。
「えぇぇぇ!? 全部捌いちゃった!!」
「ふふふ……やはり歴戦の戦士だね。」
二人がライダーへ賞賛の言葉を交わしている間に、彼は既に刺突の体勢で間合いへ入ろうとしていた。
「よし、士。 少し下がろうか。」
「あいよっ!」
纐纈が素早く後退する傍ら、キャスターはライダーの手元と槍を見ていた。
「(……来るのは刺突。 だけど、持ち方が軽い──そう言うことか。)」
ほんの僅かな違和感を、彼女は見逃さない。
結論へ至ると同時に、ライダーが槍の握りを変えた。
「(──やはりフェイント。)」
ライダーは理解していた。
キャスターが“読む”サーヴァントであることを。
だからこそ、その観察眼そのものを逆利用する──それが王の戦略である。
次の瞬間、槍が走るが──キャスターは既に沈み込んでいた。
──ダッ!!
低く潜るダッキングにより、槍の軌道を紙一重で躱し、そのままライダーの背後へ滑り込んだ。
「動きは見切ったよ。」
「ふむ。」
そこからの攻防は、最早常人の認識を超えていた。
キャスターの中華刀がライダーの背を狙うが。
──ガキィンッ!!
槍の柄が即座にそれを防いだ。
更に、ライダーの前蹴りが一直線に鳩尾へ走る。
──ドッ!!
だがキャスターは、片手でその重い蹴りを受け止めた。
更にその脚を引き込み、ライダーの体勢を崩し、中華刀による刺突で攻める
「──っ」
ライダーが咄嗟に顔を逸らすも、刃が頬を軽く裂き、鮮血が散る。
「おぉぉっ!! 殺陣も凄いし、途中なんかキックボクシングの試合みたいになってたんだけど!?」
纐纈の目の前にあるのは、映像のそれではない。
画面でもリングでもない囲いのない、一瞬の判断ミスで命が飛ぶ本物の死闘が、今この広場で繰り広げられていた。
「はぁ……っ。」
しかし、キャスターの呼吸が少しずつ乱れ始めていた。
「……はぁ、はぁ……っ。」
足元が僅かに揺れ、口元は笑っているが、表情は疲労に歪み始めていた。
セイバーやランサーやライダーらは、生前から肉体を極限まで鍛え上げた戦士だが、キャスターは違う。
軍師として知略で生き抜いてきた存在であり、最低限の鍛錬こそしていても、純粋な体力勝負では分が悪い。
ましてや、今の相手はその武力と統率力で島々を征服し続けた王である。
「ふふふ、士……やっぱり戦いながらの長期戦は厳しいね。」
キャスターが肩で息をしながら笑うが、瞳だけはまだ死んでいなかった。
「キャスター!! ライダー、轡水さん、ちょっとタンマタンマ!!」
纐纈が、慌てて両手を突き出しながら駆け寄る。
その顔には、誰が見ても分かる程の焦燥が浮かんでいた。
「ふざけるな。 戦争で“待った”など通る訳がないだろう。 浅はかな真似を──」
轡水冷たくて苦言を吐き捨てるが、その言葉を遮る様に、ライダーが静かに口を開いた。
「京介。 せめて最後の言葉くらい、聞いてやってもよいだろう。」
ライダーの目は、真っ直ぐキャスターへ向けられていた。
「ここまで私を苦しめたのだ。 戦士として、その敬意くらいは払うべきだろう。」
「──ふんっ。」
そこには、知略や観察や連携に対する、紛れもない称賛があった。
純粋な武力では劣りながらも、その強みでここまで互角に渡り合った。
だからこそ、ライダーは彼女を“強敵”として認めていた。
「ふふふ……。 ライダー……キミが話の分かる王で助かったよ。」
軽口混じりでキャスターが肩を竦めて語るが、その声や呼吸には明らかな疲弊が滲んでいた。
「私の今の体力では……ここまでが限界だったみたいさ。」
先程まで余裕を崩さなかった彼女が、今は肩で息をしている。
その様子を、ライダーと轡水は無言で見つめていた。
「どうせなら──最後は、先程のキミの最大火力で散りたい。」
キャスターが視線を横へ流し指差した先には、疎らに木々が並ぶ一角があった。
「……あそこがいいかな」
ライダーと轡水が、同時に視線を向ける。
「……ちっ。 最後は自分から死を選ぶとは。 拍子抜けもいいところだ。」
「そう言うでない。 彼女なりの誇りなのだろう。」
二人は振り返らず木々の傍へ歩き出しなが語り合う。
やがてライダーが木々の元へ足を止めたその後、覚悟を決めた様な顔で歩み寄ったキャスターが木々の傍に跪く。
さらに纐纈も静かにその場へ歩み寄り、何とも言えぬ表情で地面を踏み締める。
「其方は実に戦い甲斐のある相手だった。 せめてもの手向けを与えよう。
ライダーが木々へ脚を掛けると、筋肉を軋ませながら槍を構えた。
次の瞬間、ライダーの身体が弾丸の様に射出された。
──ゴォォォォンッ!!!
轟音と凄まじい衝撃と共に、その切先が穿たれるが──
「──!?」
ライダーの表情が変わる。
手応えがない。
そもそも何も貫いていない。
目の前で、キャスターの姿が陽炎の様に薄れていく。
「……これは!」
更に、上空で何かが回転していた。
マンホールの蓋だった。
「……っ、消えた? どういうことだ。」
轡水が目を見開き、解放されたマンホールとその蓋を見渡したその時──
二つの影がライダーの背後を駆け抜けた。
「作戦大成功ーっ!!」
「ふふふ。 流石私だろう?」
そこにいたのは、何事もなかったかの様なキャスターと纐纈だった。
ライダー陣営が見ていたものは、纐纈の簡易魔術による“幻影”である。
先程両手を突き出したあの瞬間、既に魔術は発動していた。
木々へ意識を誘導し、“最後を迎えるキャスター”という映像を見せる為に。
「もう違法とか関係ない!! このままマンホールから撤収しよう!!」
「ライダー、今回はここまでにしておこうか。」
二人マンホールへと飛び込み始め、やがてキャスターが笑いなら轡水へ視線を向けた。
「それと──京介、と言ったかな?」
「……何だ。」
轡水の目が鋭く細まり、そのままキャスターが続ける。
「キミには理論も理想もあるんだろう。 しかし──私には、少しだけ視野が狭く見えたかな。」
その笑みは穏やかだった。
だからこそ、余計にプライドの高い彼の神経を逆撫でする。
「次に会う時には、もう少し広く世界を見られるといいね。」
「──ちっ。 やはり癪に障る女だ。」
せめて一発だけでもとキャスターの元へ駆け出すが、既に二人はマンホールへ身を乗り出していた。
そして、キャスターは不敵な笑みでライダーに向けて口を開く。
「また会おう、ライダー。 いや──」
「カメハメハ一世。」
「──む。」
ライダーの目が僅かに見開かれた、その瞬間。
──ガコンッ
狙い澄ました様に、マンホールの蓋が綺麗に閉じた。
静寂だけがただ残り、間を開けて轡水が声を低くして口を開く。
「……おい。 モタモタしていたから逃したんだ。 ましてや、真名まで割れたぞ。 自分の失態は理解しているんだろうな?」
だが、ライダーは悔やむどころか、静かに槍を担いで笑っていた。
「──ふっ、何。 強敵と再び相まみえる楽しみが増えただけよ。」
その目には、確かな高揚が宿っていた。
こうして、キャスター陣営とライダー陣営による激突の勝敗は、未決で一時的な決着を迎える。
だが──残されたサーヴァント達が、既に生半可な領域にいないことだけは、この時点で誰の目にも明らかだった。
それから数十分後──
かつて“古井戸組”の本拠地だった花園区内の広大な敷地では、多くの人間達が慌ただしく荷物を運び込んでいる。
この時には既に、古井戸組の看板は下ろされていた。
暴対法の影響もあり、元構成員達がまともな再就職へ辿り着くことは難しい。
だからこそ、古井戸元組長は子らの為に自ら事業を立ち上げる道を選び、その準備が今まさに進められていた。
「気を付けて運べよ。 精密機械だからな。 業者さんらの邪魔はするなよ。」
元組長がコンプレッションウェアに身を包み、現場を眺めながらも、自らも動き子らに指示を飛ばすと──
──ブルル
「……ん?」
ポケットの中のスマートフォンが震えた。
表示されたのは、とある人物からのROPEの通知。
内容を確認した瞬間、元組長の顔から僅かに表情が抜けた。
「……あぁ?」
だが、すぐに我へ返り、近くにいた元構成員二人へ声を掛けた。
「俊之、哲夫。 ちょっと正門前まで来られんか? 纐纈の兄ちゃんが“マンホールにいてくれ”とのことだ。」
「……纐纈さんが、マンホールに?」
「どう言うことですか? それ……」
当然、意味は分からないが、元組長だけは、薄々聖杯戦争絡みかと察していた。
常識で測れないことが起きる日々を、ここ数ヶ月でもう嫌という程知っている。
やがて三人が指定されたマンホール前へ辿り着いたその直後、再びスマートフォンが震える。
『下からこちらでも押します。 蓋を開けるのを手伝ってください。 急で恐れ入りますが、お願いします。』
「……まさかな。 とにかく動いたら開けるぞ。」
「え? えぇ……。」
「まさか……そんな。」
困惑する二人を余所に、元組長は既に覚悟を決めていた。
そして──
──ゴゴッ。
微かな振動と共にマンホールの蓋が僅かに浮き上がる。
「おっ、来たぞ!」
三人で膝を折って蓋を持ち上げ、横へずらすと──
「組長さん、みなさん!! ありがとうございますっ!!」
「ふふふ。 今回は流石に私達が助けられたね。」
マンホールの中から、服も髪も全身へどろまみれの纐纈とキャスターが顔を出した。
「……えっ?」
「マジかよ……。」
元構成員らの理解が追いつかず、空いた口が塞がらないのも当然である。
その手の業界で生きていても、“マンホールから泥まみれの男女が出てくる”などという状況に遭遇することはまずない。
「……本当に出てきやがった。 なんと言う移動方法だ。」
「まぁ、色々ありましてねぇ。」
「ふふふ。 下水道というのは、意外と優秀な退路だったよ。」
鼻を刺すヘドロ臭を気にする間も無く、元組長が呆れ混じりに呟く。
笑い話の様に語りながらも、二人共明らかに疲弊している様子から、先程まで死線を潜っていたとも察していた。
「……随分とヤバい相手とやり合ったんだな。」
「えぇ。 今回は本当にヤバかったですねぇ。」
纐纈のその言葉の重みだけで、先程の戦闘がどれほどだったか伝わってくる。
「……やっぱり、聖杯戦争関係者の行動はさっぱり分からねぇな。」
「あぁ。 兄貴も親分さんも生きていたら、似た様なことしたのか……やっぱり考えられねぇよ。」
元構成員二人は、全く異なる世界観に混乱を隠しきれずにいるが、そんな彼らを余所に纐纈とキャスターはヘドロだらけの顔で笑った。
「何はともあれ、生きて帰れてよかったぁ!」
「全くだよ。 自分で思いついたとは言え、まさか下水道ダイブで撤退する羽目になるとはね。」
こうして死闘の余韻を引き摺りながらも、キャスター陣営は辛うじて生還を果たした。
だが、ライダー陣営という“本物の強敵”が現れた事実だけは、確かに彼らの胸へ刻み込まれていた。