大和公園の広場の穏やかな空気の中心には、別世界の様な空気が漂っている。
キャスター陣営とライダー陣営の睨み合いによって生まれた重苦しい緊張が、静かに広場を支配していた。
礼装へと姿を変えたキャスターとライダーは、互いに動かない──否、動けない。
不用意な一歩が、そのまま死に繋がる──歴戦の本能がそう告げていた。
「あの構え、あの落ち着き……マジで“強い人”の空気だよねぇ。」
「確かに。 あれは、幾度も修羅場を越えてきた者の立ち姿さ。 ……じっくり見極める必要がありそうだね。」
余裕の笑みを崩さぬキャスターだったが、その観察眼は鋭い。
生前より、幾多の英雄や戦士を見てきた軍師だからこそ分かる。
──あの男は、本物である。
そして、その空気は纐纈にも伝わっていた。
一方の轡水は、不機嫌そうな表情でキャスターの様子を窺っていた。
「……あいつ、観察に徹するつもりだな。 本当に掴みどころがない。 ライダー、先手を取れ。」
「うむ。 では──まずは手並み拝見といこう。」
ライダーが槍を構えると、その右足が僅かに地を擦った。
「──来るよ!」
「あぁ。 そうだね。」
緊張が張り巡らす中で纐纈が反応するが、キャスターは尚も落ち着いていた。
直前まで相手を観察し、その全てを見切ってから動くつもりなのだろう。
次の瞬間──ライダーが地面を蹴った。
踏み込みは爆発的ではないが、その一歩には、巨大な獣が迫る様な圧力があった。
まるで突進する猛牛の様な重量感と威圧感が、一気に距離を呑み込んで来る。
「(──まだ時じゃない。)」
キャスターの視線が鋭く細まり、ライダーの動き全体を写す。
「(踏み込み。重心。槍の軌道……どこで決めようかな?)」
ライダーが更に左足で地を蹴り、踏み込むと同時に鋭い刺突が放たれた。
「──見切った!」
その瞬間、キャスターの身体が半歩ずれ、中華刀を胸元へ引き上げて最小限の動きで槍線を逸らす。
「……ちっ。」
舌打ちをする轡水にも分かっていた。
キャスターは、持ち前の観察眼で踏み込みの癖と槍の起動を見切り、“避ける場所”を先に選んだのだと。
キィン──ッ!
槍が中華刀に流され空を裂き、ライダーの体が流される。
「キャスター、ナイス!」
纐纈の声が飛ぶび、キャスターは余裕の笑みだけで応じた。
「おい、ライダー、隙を作るな。 どこでもいい、まず当てろ。」
それでも、構わんとばかりに轡水が即座に命じる。
その声とほぼ同時、ライダーは流された勢いを利用し、槍の柄で横薙ぎを放った。
重く威圧があるが、単なる力任せではない。
無駄のない体幹と腰の回転が、一撃に凄まじい重量を乗せていた。
「……おっと!」
キャスターは中華刀で受けるが、真正面からは耐えない。
受けた瞬間後方へ跳躍し、衝撃を逃がしながら大きく距離を取った。
芝生を滑る様に着地し、何事もない様な表情で再び構える。
「……ふむ、流石は策略家。 極めて冷静だな。」
「ちっ、感心している場合か。」
感嘆するライダーとは対照的に、轡水の苛立ちが少しずつ滲み始めていた。
「予想以上に掴めないぞ、あいつは。」
思い通りに盤面が進まない──それが、彼の神経を逆撫でしている。
「あの澄ました鼻につく顔を歪ませろ。 ついでに、隣の青臭い野郎もな。」
「……うむ。 善処しよう。」
ライダーは短く返したが、その声音に同調はない。
轡水の悪意には従わず、飽くまで“戦士としての最善”のみを選んでいた。
一方、キャスター陣営もまた分析を進めていた。
「ふふふ……。」
キャスターが中華刀を握る手を軽く振る。
先の一撃を受けた両腕には、僅かな痺れが残っていた。
「流石は歴戦の王だね。 踏み込み、切り替え、体重移動……どれも完成されている。」
「うん……おじさん状態であれってことはさ、寧ろ今が“全盛期”なんじゃない?」
真剣な表情で呟く纐纈の言葉に、キャスターが笑う。
「恐らくね。 あの老練さこそ、彼が最も完成された姿なんだろう。」
サーヴァントは、生涯の中でも最も輝いていた時期で召喚される。
ならば──この老王こそが、数多の戦場を越えた“完成形”なのだと、二人は判断していた。
「なら──次は“作戦C”で行こうか。 士、指示は任せたよ。」
両手の痺れを治めたキャスターが、仕切り直すかの様に口を開く。
「あいよ。 今度はキャスターだけじゃなく、ライダーの動きも見ながらだよね?」
「その通りさ。」
その短い確認とやり取りだけで、二人には充分だった。
次の瞬間──キャスターが一気にライダーへ向かって駆け出す。
「……?」
轡水が眉を寄せ、キャスターを見据えた。
「あいつ、近距離戦に持ち込む気か? ……舐めやがって。」
「いずれにせよ問題ない。 迎え撃つだけだ」
静かに槍を構えるライダーの視線は、真っ直ぐキャスターへ向けられていた。
だが同時に、思考も巡っている。
「(……キャスターともあろう者が、真正面から白兵戦へ来るとは考えにくい。 ならば狙いは──)」
僅かに目を細め迎撃の準備を始めた、その瞬間──
「──キャスター!」
「オッケー!」
纐纈の声が飛ぶと同時に、キャスターの軌道が直角に折れ曲がった。
「……むっ!」
ライダーが即座に反応するが、その時には既にキャスターは槍の間合いから半歩外れていた。
速さそのものは突出していないが、“逃げ方”が巧い。
死角への入り込み、回り込み、そして間合いのズラし。
体力で勝る相手に対し、生き残る為だけに磨き上げた立ち回りだった。
「くそっ。 インドア風情の癖に、やたらすばしっこいな。」
轡水が苛立たしげに吐き捨て、キャスターが肩を竦め笑った。
「ふふふ。 “逃げ足が速い”と言ってくれたまえ。」
その声音には、尚も余裕がある。
そして次の瞬間、ライダーの周囲に幾重もの波紋が浮かび上がった。
空間そのものが、水面の様に揺らぐ。
「横だけじゃなく──上にも対応できるかな?」
波紋の中から現れたのは、剣、槍、そして無数の矢。
多種多様な生成された武器群が、ライダーへ狙いを定めていた。
「……なるほど。 数による制圧か。」
ライダーが静かに呟くその直後、武器群が一斉に解き放たれた。
まるで豪雨──もとい、鋼鉄の嵐だった。
「全部払え! クリーンヒットだけは避けろ!」
「うむ!」
轡水の鋭く命じられた声に、ライダーが槍を両手で握り直す。
次の瞬間、その槍が風を裂いた。
──キィンッ!
──ガギィンッ!
──ギンッ!!
プロペラの様に回転する槍が、まるで鉄壁の盾と化す。
飛来する武器を次々と弾き落としていくその姿は、最早芸術に近かった。
「うっそぉん!? 漫画みたいなことがリアルで起きてる!!」
纐纈が思わず叫び、キャスターも感心した様に目を細めた。
「ふふふ……。 やはり、こうでなくちゃ面白くないさ。」
まるで巨大な激流の中を、一人だけ正面から歩いてくる様な威圧感。
歴戦の王とはこういう存在なのだと、二人は否応なしに理解させられていた。
──ザシュッ!
「……む。」
だが、流石のライダーとて完全無傷とはいかない。
放たれた剣の一本が、左肩を浅く裂いた。
鮮血が散るが、致命傷には程遠い。
「ちっ……! お前のその力を持ってして、削り切れないか。」
「完璧を求めるでない。 戦場に立つ以上、傷を負う覚悟くらい出来ている。」
苛立つ轡水に眉一つ動かさず返すライダーの言葉には、長き戦場を生き抜いた王の重みがあった。
そして、ライダーは再び地を蹴る。
今度は先程よりも速く、槍を構えたまま一直線にキャスターへ突撃していった。
「キャスター! ああいう時って、武器を大量生成して動きを鈍らせるのが正解なのかな?」
「ご明答。 その方向で行こう。」
纐纈の問いに、キャスターはニヤリと笑いながら即答する。
直後、ライダーの進行ルート上に、再び無数の波紋が浮かび上がった。
そこから生成された武器群は間髪入れず射出され、またライダーへ降り注ぐ。
──キィンッ!
──ガギィンッ!
──ギンッ!!
ライダーは止まらず槍を振るい、飛来する武器を叩き落としながら、一直線に前進する。
だが、流石に全ては防ぎ切れなず、肩や脇腹に浅い裂傷を受けながらも、その歩みは止まらなかった。
まるで巨獣の様に多少の矢傷など意にも介さず突き進む姿こそが、王としての姿である。
「……来るよ!」
纐纈が体を半歩ズラしながら、キャスターへ声をかける。
ライダーの踏み込みが一段深くなった次の瞬間、鋭い刺突がキャスターの眼前へ迫った。
「その踏み込み脚と軸足──避け先は右。」
キャスターの細められた視線は既に、ライダーの腰と重心移動を捉えていた。
刺突の軌道、踏み込みの癖、力の流れ──全てを読み切った上で、キャスターは最小限の動きで槍を回避する。
「──読み通りだ。」
しかし、ライダーの口元が僅かに吊り上がる。
刺突姿勢のまま、巨体が捻られた。
「──っ!」
キャスターの目が見開かれる。
槍術としてはやや強引だが、だからこそ読みにくい。
「──おっと。」
刺突から即座に横薙ぎへ繋げる変則連携に対し、キャスターは瞬時に後方へ跳ぶ。
だが──
──グワンッ!!
纐纈も目を見開き、ライダーの一振りを見据えて声を捻り出した。
「槍が伸びた──って、あれっ……違う!」
ライダーは槍の持ち手を刃側へ滑らせていた。
ただ間合いを伸ばしたのではなく、長大な柄そのものを利用し、打撃へ変化させたのである。
──バシィッ!!
「……うっ。」
完全回避は間に合わなず、槍の柄がキャスターの右肩を掠めた。
鈍い衝撃に服が軽く裂けるが、キャスターは尚笑っていた。
「ふふふ……当然、無傷では済まないか。」
「一撃で終わりではないぞ。」
ライダーの槍が唸り、突きに薙ぎや払いと、隙のない連撃が続く。
老練という言葉だけでは足りない。
それは、長き戦場の果てに洗練された“殺しの技術”そのものだった。
「ふふふ。 その連携パターンは見切ったよ。」
それでも、キャスターは冷静だった。
軍師として積み重ねた観察眼が、生存本能として昇華されている。
だからこそ、致命打だけは決して貰わない。
やがて全ての追撃を凌ぎ切ったキャスターが大きく跳躍し、纐纈の元へ退避する。
肩で息をしながらも、その表情はまだ崩れていない。
一方で、ライダーもまた深追いせず、苛立たせて眉間に皺を寄せる轡水の元へ戻った。
「……あの女、本当に厄介だな。 初撃を掠らせても、そこから全部捌きやがる。」
「軍師として、決して折れぬ心構えを持っている。 容易な相手ではないが──勝てぬ相手とも思わぬ。」
その声音には、不思議な確信が宿っていた。
歴戦を潜り抜けた王のみが持つ、揺るがぬ胆力が言葉の端々から滲んでいる。
一方キャスター陣営は、纐纈が額を抑えながらキャスターに話しかけていた。。
「やっぱり近距離は向こうに分があるよ……。 キャスター、何か勝ち目ありそう?」
決してキャスターを疑っている訳ではないが、ライダーの完成された槍術を前にして、彼なりに焦燥が滲み始めていた。
すると、キャスターが口角を上げてこう返す。
「ふふふ。 正直、かなり難しいかもね。」
「──って、えぇぇ!? サラッと言ってくれるねぇ!」
纐纈が思わず素っ頓狂な声を上げたが、キャスターは笑みを崩さない。
「まぁ、勝つのは難しくても──負けない手立てならあるけどね。」
「……んえっ?」
纐纈が再び気の抜けた声を漏らす横で、キャスターは静かにライダーを見据えていた。
そして再び、広場に重い沈黙が落ちる。
キャスターとライダー、二騎のサーヴァントが放つ重圧だけで、空気そのものが張り詰めていく。
未だ決着の見えぬ戦いの火蓋が、再び静かに切って落とされようとしていた──