それから時は流れ──
陽は既に沈み、都心の空気は夜の熱気を孕み始めていた。
ただ、一つだけ普段と違うのは花園区・梨園町で続発する“例の暴動事件”の影が、街そのものに不気味なざわめきを落としていることだった。
その隣駅──川窪駅で、電車のドアが滑る様に開く。
降り立ったのは、一竜・セイバー・凛の三人。
前日じっくり練り上げたシリル制圧作戦を、いよいよ実行に移す為である。
「──さて。 ここからは周囲を探りつつ、シリルを見つけ出すわよ。」
「はい。 シリルって男の画像は受け取ってるし……セイバーもこの顔、ちゃんと覚えとこうな。」
「えぇ、把握済みです。 白金の髪に碧眼、細身の男性──特徴は鮮明ですね。」
一竜は、昨日の作戦会議でグレイからシリルの画像を渡されていた。
あの人を食った様な表情、その雰囲気で誰かと“話し込む”様な姿を見かければ──ほぼ間違いなく奴だと断定できる。
「シリルが梨園町を拠点に動いてるなら、そこへ繋がる道筋を押さえるのが鉄則ね。 アンタ達、まともな実戦はこれが初めてなんでしょ? 気を引き締めなさいよ?」
「はい!」
「承知しました。」
三人は改札を抜け、この時間でも賑わう韓国料理街をまず通り抜けていく。
だが、既に警察は花園方面全域を警戒しており、暴動の規制と一般人の巻き込み防止に躍起になっていた。
「うーん……これは厄介な状況ね。 どうにか言い訳が立てられないかしら……?」
「凛さん、オレに一つ考えがあります。」
一竜は小さく笑うと、セイバーと凛を連れて梨園町へ向かう道を塞ぐ警察官のもとへと歩み寄った。
「……あぁ、お兄さん。 この先は暴動が多発してて危険ですよ? 用事でも?」
「すいません。 ちょっと知り合いの店を手伝いに行きたくて……“ブルーブロック”ってお店なんです。」
その店名は、一竜が月に二度ほど通うボードゲームバー。
時にはコンセプトバーも兼ねる店だが、良心的な価格と雰囲気の良さで地元の信用を勝ち得ていた。
「あぁ、ボードゲームバーの。 なるほど……。 分かりました、暴動には充分気をつけて向かってください。」
警察官は納得した様にバリケードをずらし、三人は梨園町方面の道へと足を踏み入れた。
ある程度警察から離れた所で、目を輝かせたセイバーが一竜に問い掛ける。
「……ところで一竜殿。 その“ボードゲームバー”というのは、これから本当に向かうのですか?」
「あはは。 いやいや、ただの方便だよ。 今度行こうな?」
彼の軽口混じりの返しにセイバーはほんの僅か首を下ろし、凛は呆れ半分の笑みを零した。
三人は周囲に細かく視線を走らせながら、梨園町に隣接する公園へと向かって行く中──
「……むっ。 凛殿、一竜殿。 あの明るき髪の男……!」
セイバーの声に、二人も即座に視線を向ける。
「ふふふ、随分と羽振りが良くなりましたね。 私が言った通り “奪う側” に回れば、効率も段違いでしょう?」
「本当! 信じられないくらい稼げちゃった……! これなら新しい服も、お酒も、薬も──全部……!」
「ふふ。 ですが一つだけ忠告を。 近い内捕まる覚悟だけは忘れないでください。 今貴女が味わっているのは、逮捕までの“猶予期間”に過ぎません。」
柔らかい笑みを浮かべながら女性に語りかけるブロンドの男──
セイバーには、その顔に見覚えがあった。
前日の作戦会議で、グレイか一竜のスマートフォンに送られてきた画像データに写っていた男こそ──
「あいつよ! シリルだわ!」
「こんなに堂々と……!? セイバー、よく見つけたな!」
思いの外早く標的を発見できたことに、一竜と凛は思わず賛辞を送った。
だが──
「……ふふ。 これはこれはミス・遠坂。こんな場所でコソコソと……私に何か御用でも?」
「シリル! 無関係な一般人を巻き込むのはやめなさい!同じ時計塔の魔術師として……わたしは絶対に許さない!」
「人を唆し、世を乱す……その様な歪んだ行い、見過ごせません!」
ここまで来れば、最早隠れる必要はない。
凛とセイバーは堂々とシリルへ向き直った。
「ほう……黒髪の貴女はサーヴァント。 その後ろのフレッシュな男性がマスター、という訳ですね。 監督対象を引き連れたまま乗り込むとは……貴女らしくもない。」
「(うわ……凛さんが言ってた通りだ。 なんか“慇懃無礼”ってやつ? いやな感じの喋り方だな……。)」
一竜は、事前に聞かされていたシリル像と寸分違わぬ態度に、嫌悪を超えて妙な納得感すら覚えていた。
「ガタガタ言うんじゃないわよ! 反社や不良を煽って暴れさせて捕まらせる、それを“掃除”だなんて……そんなの心の贅肉よ! アンタの腐った根性、わたしが叩き直してあげるわ!!」
凛はすでに臨戦態勢で、右手には強く握りしめられた拳が、左手には魔力を濃縮された宝石の詰まった袋が握られていた。
「ふふふ。 相変わらず穏やかではありませんね。 私にどうしようが勝手ですが、ここでは目立ちすぎます。 周りの目を避けるのに最適な場所を知っていますので、付いて来てください。」
「あぁっ、待ちなさいよ! セイバー、一竜くん、追うわよ!」
「承知しました!」
「あっ、はいぃっ!」
駆け足で指定の場所へ向かうシリルを、三人も追いかける様に駆けて行った。
その最中、一竜は纐纈へと、シリル発見および移動状況をROPEで共有していた。
「凛さん、纐纈さんには、シリルを見つけたことと移動中ってこと、伝えてあります!」
「了解。 あとは追跡に集中して。どこまで引っ張られるか分からないわ。」
凛の声には焦りよりも覚悟が滲んでおり、セイバーもまた一言も発さぬまま、ただ視線を前方に据えて走っていた。
この制圧作戦は、色々とややこしいことになるに違いない──
一方その頃、花園駅方面から──
セイバー陣営が思いの外早くシリルと遭遇しているとは露知らず、キャスター陣営とグレイは、まるで散歩でもしているかの様な落ち着きで梨園町へと向かっていた。
だが、キャスターの悠然とした歩調とは裏腹に、グレイの胸中は落ち着かない。
「……キャスター。 本当に、これでよろしいんですか? 遠坂さんや私市さん、セイバーが危険に巻き込まれる可能性だって──」
「ふふ、グレイ。 キミの不安は尤もだよ。 でもね……正直なところ、私はあの三人を信じているのさ。 寧ろ、私が動くタイミングを作ってくれると期待しているくらいでね。 きっとシリルの注意は正面の彼女達に向き、背後は手薄になるだろう?」
キャスターがセイバー陣営に伏せていた“裏の狙い”──
それは、正面での交戦の真っ只中で相手の死角へ割って入り、一気に攻勢を取るという軍師らしい奇策だった。
生前、幾度も自らの策で大軍を翻弄してきた彼女らしく、──敵を欺く為なら、まず味方から欺く。
その合理的な策が、今も尚揺らぐことはない。
『まったくよぉ、策士ってのはどうしてこう回りくどいんだ? お前の実力なら正面から殴り込めば済む話だろうがよ。』
グレイの手に下げられた鳥籠の中で、アッドがぼやく。
周囲は先の騒動でざわついており、幸いにも誰もこの異様な三人や喋る四方系には注意を払っていなかった。
「ふふふ、私は戦闘よりも戦略で勝つ方が性に合っているのさ。 だからこそ、今はセイバーの実力に賭ける価値がある。 ……ところで、士、ROPEの状況は?」
「ん〜、特に動きはないんだケド……おっ、来た! 一竜くんから!『川窪公園付近で発見しました。 現在どこかへ誘導されてます。』だって!」
纐纈のスマートフォンに、先ほど一竜が送信したROPE経由のメッセージが届いていた。
本来なら凛とグレイがやるべき連絡だが──凛がとっくにスマートフォン操作を諦め、こうした役割分担になっていた。
「ナイス。 今の騒ぎの感じだと、きっとそう遠くない場所だね!」
「はい。 では、急ぎましょう!」
グレイの言葉に合わせ、キャスターと纐纈は梨園町一番街のアーチを潜り抜けていく。
その先の梨園町の路地は、まるで悪意の濃度だけが押し固められたかの様に淀んでいた。
リルの魔眼に魅入られたのだろう不良達が群れとなって路上を占拠し、そこら中で鬱屈した笑い声を上げている。
その中の一人が、キャスター陣営の姿を見とめるや否や、露骨な苛立ちを滲ませて歩み寄って来た。
おい、そこのチビ! 女なんか侍らせてイキってんじゃねぇよォ! モテねぇオレを笑ってんのか、あァ?」
「ありゃりゃ、なんかいきなり変な因縁つけられちゃった!」
女性二人を連れた小柄な男──この組み合わせがどうやら不良の癇に触れたらしい。
纐纈は明らかに困惑し、不良がその胸倉を掴みにかかるが──
「──おっ! いきなりイージーモード!」
逆に纐纈が即座に距離を詰めた。
するりと不良の懐へ滑り込み、足払いで重心を奪うと、倒れた頭部へ自分の体重を乗せてアスファルトへ叩き込む。
──ゴツンッ。
「……ッぐ、ぅ……!」
後頭部を強かに打ちつけられた不良は、呻き声を漏らしながら意識を飛ばした。
「……纐纈さん、想像以上に闘えるんですね。」
「まぁ……でも、絡まれた時点でちょっとまずいよね。」
グレイが目を丸くし、キャスターは苦笑しながら親指を立て、その指先が向いている先には── 新たな影がぞろりと迫っていた。
足元で伸びている不良の仲間であろう。
仲間が倒され、黙っていられる様な連中でもない。
「げげっ! キャスター、完全に囲まれちゃったよ!」
予想以上に厄介ですね。 どうします?」
「ふふ……運がこっちに転がってくるまで粘るしかないさ。 まぁ、警察が来たら全部水の泡だけどね。」
ついに三人は、不良の群れに四方から包囲されてしまった。
仮にも一般人である為傷つけたくはない、しかしこの後にはセイバー陣営との合流も控えている。
無茶としか言い様のない綱渡り、その試練の幕が、静かに上がった──