セイバー陣営とキャスター陣営、それぞれが繁華街の暴動事件について触れていた翌日──

週末で講義のない一竜は、自宅でセイバーと並んでニュース番組と動画投稿サイトの報道チャンネルを見比べていた。

もちろん目的は、例の暴動事件に関する追加情報の収集である。

「やっぱり、どの被疑者も目が赤黒く光ってるな。 行動自体は……まあ、こんな横暴な奴らなんて昔から山程いたけど。」

「されど、これ程連続して起こるのは不自然。 やはり“人の意思を越えた何か”が働いていると見るべきでしょう。」

二人の中では、魔術的介入の可能性がほぼ確信に変わりつつあった。

更に画面へ意識を集中したその瞬間──

「魔術師として断言するわ! あれは魔眼よ。 “シリル・ファラムス”の仕業!」

画面越しの凛の言葉に、一竜はハッと息を呑んだ。

「そうか……! あの時凛さんが言ってたこと、全部ここに繋がってたって訳か!」

点と点が一気に線で繋がった感覚に、一竜は思わず背筋を伸ばす。

しかし冷静を取り戻しつつちゃぶ台へ視線を向けると、そこには──

「……凛さん。 もう驚きませんよ? またお菓子摘みに来たんですか?」

「失礼ね! 話があって来たのよ! ……まあ、お菓子は食べるけど。」

相変わらず通話機能どころかスマートフォンすら使う気配もない凛が当然の様に座り、そしてセイバーも当然の様に緑茶を注いでいる。

最早すっかりこの家の生活音の一部となっていた。

「結局、食べるのもセットなんですね……。 で、その“話”って何です?」

袋入りクッキーを堂々と我が物顔で食べる凛に、一竜が用件を促す。

「早い話、アンタ達が今追ってる暴動事件──その首謀者“シリル・ファラムス”を止める為、ある陣営と協力して動いて貰うの。 これはわたし達魔術師の世界の命運にも関わる問題なんだから、断っても無駄よ。」

「……他の陣営と。 行動開始の時に合流するのですか?」

セイバーが凛の言葉に反応し、穏やかながらも真剣な表情で尋ねる。

「そんな行き当たりばったりじゃないわよ。 これからその陣営と合流して、作戦会議をするの。 ほら、準備しなさい!」

「凛さん、そっちの方が突発的ですよぉ!」

促されると同時に、一竜は部屋着のまま大慌てで出かける準備を始める。

凛は緑茶とクッキーを交互に口へ運びながら、まるで監督官の様にそれを見守っていた。

支度を終えた三人は、協力陣営との待ち合わせ場所へ向かう為に家を出た。

指定されたのは、宝仙駅近くのファミリーレストラン。

週末のランチタイムを過ぎた昼下がり、客足の少ない時間帯を選んでいるあたり、明らかに“作戦会議向け”である。

電車に揺られながら、一竜がふと凛へ問う。

「凛さん、協力する陣営ってどこなんです? 宝仙区なら、亜梨沙さんの……ランサー陣営が近かった気がしますけど。」

「いや、そっちじゃないわ。 シリルと因縁のある“キャスター陣営”よ。 あそこがうちらと提携するの。」

「……キャスターですか。 まさかこの様な形で再び関わることとなるとは。」

セイバーは、以前の奇妙な夜会でキャスターに気に入られたことを思い出し、静かに目を細めた。

まさか重大事件の渦中で共闘することになるとは、誰が想像したであろう。

「あぁ、そういえば纐纈(くくり)さんを襲ってた冨楽って人、バーサーカーのマスターだったんですよね。 あの尋常じゃない様子……今思うと、人為的にそうされてたって感じしますね。」

「もしそれが事実なら、心を弄び、破滅へ導く非道の所業……許せません。」

一見穏やかなセイバーの瞳に、磨き抜かれた刀の様に鋭い光が宿る。

それを見た凛が、静かに頷いた。

「セイバー、アンタならそう言うと思ってたわ。 わたしだってシリルの奴には一発ぶち込みたいもの。 ……まぁ悔しいけど、あいつは若くして優秀な魔術師なのよ。 それが厄介。」

ファラムス家は魔術師の家系としては歴史の浅い“三代目”であるシリルだが、時計塔の創造科(バリュエ)では常に成績上位。

だがその裏で生徒との軋轢、所属先との衝突、問題行動の多さは“有能な問題児”として、今尚煙たがられている存在だった。

そんな会話を続けるうち、電車は宝仙駅に到着した。

三人は待ち合わせ場所のファミレスが見える南口の改札を抜け、現地へと向かう。

「このファミレスね。 グレイがキャスター陣営と先に合流してる筈よ。」

凛がガラス扉を押し開けると、甘い香りがふわりと漏れ出した。

「グレイさん……? キャスター陣営の担当って、ロードなんとかって人じゃありませんでしたっけ?」

「ロード・エルメロイII世よ。 先生は“新制度反対運動”の追い込みで忙しいの。 今はその内弟子が代理監督をしてるわ。」

店内へ足を踏み入れると、午後のピークタイム後の静けさに微かに食器の触れ合う音が混じる。

その中で一際存在感を放つテーブルがあった。

そこには、山の様な甘味を前に、グレイとキャスター陣営が腰を掛けていた。

「やっほー。」

「やあ。 まさか君達とこの様な形でまた顔を合わせるとはね。」

三人の存在に気付いた纐纈(くくり)がガトーショコラをフォークに刺し、キャスターがマンゴーパフェをスプーンで突き、呑気な挨拶を交わす。

それに続き、今まさに生クリームをのっけたプリンを口に運ぼうとしていたグレイが振り向いた。

「……あっ。 遠坂さん、お待ちしていました。」

スプーンをそっと置き、グレイは丁寧に立ち上がると三人の前へ進む。

「貴方が私市さん、そしてセイバーですね。 (せつ)はグレイと申します。 本日はお時間を割いて戴き、感謝致します。」

「あぁ、ご丁寧にどうも。 改めまして、私市一竜です。」

「並びに、私のクラスはセイバーで御座います。よろしくお願い致します。」

三人の礼節を重んじた挨拶に続いて、凛もキャスター陣営へと歩み寄る。

「わたしは遠坂凛。 纐纈(くくり)さん……ですよね? 先生から“マイペースで厄介な男”って伺っています。」

「ありゃりゃ、そんな風に言われてたんすね! 改めて、僕が纐纈士(くくりつかさ)と申します。」

「そして私がそのサーヴァントのキャスターさ。 どうぞよろしく。」

初対面の為かいつもの凛の鋭さは影を潜め、気取った優等生の様な柔らかい空気を纏っていた。

その他所行きの姿に、一竜は思わず背筋を伸ばす。

「(……なにかしら?)」

「(……いいえっ、なんでもありませんっ!)」

振り返った凛とその先の一竜による、目だけで交わされる言葉なき会話を見ていたセイバーは、密やかに肩を揺らしていた。

やがて自己紹介も終わり、テーブルには甘味とは裏腹な重い空気が落ちる。

その沈黙から、凛が会議の火蓋を切った。

「それじゃ、グレイ。 先生がまとめた情報だと、シリルの次の動きはどう読める?」

「はい。 暴動で梨園町の反社会派団体や非行集団は多数拘束されました。 しかし、まだ全員ではないとのことです。 シリル・ファラムスは、今後も同地域で行動すると考えられます。」

グレイがメモ書きを広げながら説明すると、ガトーショコラを頬張りながら纐纈(くくり)が首を傾げた。

「──ってことは、バーサーカー陣営のぼったくり店襲撃の時も、よっちゃんがそのシリルって人に魔眼か何かで操られてたってことっすよね? そんで今度は本人が動く……その人って、歪んだ正義感の持ち主なんすか?」

その問いに、凛の顔が一瞬だけ険しくなっていた。

思い出すだけで嫌気が差すといった表情と言えよう。

「シリルは“民主主義派閥”の中でも合理性だけを拗らせたタイプなんですよ。 反社や不良を排除し、魔術師の権威を示そうとしてる……そんな、品格の欠片もない心の贅肉だらけな考え方をしてるんですよ!」

怒りを押し殺した凛の声に、キャスターが軽く笑った。

「ふふ、それは確かに凛の言う通りだよ。 そんな行い、魔術師の名を貶めるだけなのにね。」

「だからこそ、拙は遠坂さんと共に、シリル・ファラムスの暴走を止めようと考えました。」

マンゴーパフェを口に運ぶキャスターの飄々とした態度と対照的に、グレイの手はプリンから完全に離れていた。

その深刻さに、一竜は自然と背筋を正す。

「なるほど……その男がそんなに厄介なら、オレ達はどう動くのがいいんでしょう?」

「私も、一竜殿に同じく伺いたく思います。」

二人の問いに凛は満足そうに頷くと、バッグからクリアファイルを取り出す。

「なら、話は早いわね。 まず、アンタ達はわたしと一緒にこの川窪駅あたりから行動して欲しいの。 シリルが梨園町を虱潰しに混乱させてるとなれば、ゆくゆくは川窪辺りまでは侵食してくる筈なのよ。」

そのA4用紙には花園駅から川窪駅までの地図が印刷されており、彼女とセイバー陣営の行動パターンが赤いマジックペンで記されていた。

続いてグレイがスマートフォンを取り出すと、その画面をキャスター陣営へと見せながら語る。

「そして我々は、花園駅から少しずつ梨園町へと近づいて行きましょう。 その最中で暴動を起こす人らの様子を伺い、必要となれば防衛をして参る。 ここまでが最初の段階です。」

「うっひゃぁ、結局操られた人達との暴力沙汰からは逃げ切れないかもしれないんですねぇ! キャスター、また面倒なことになりそうだよぉ?」

「まぁ(つかさ)、仕方ないさ。 この聖杯戦争に関わって来た時点で面倒事なんてセットの様なものだからね。」

二人は呑気ではいながらも、その先の行動に想いを馳せながらそれぞれの甘味を口に運んだ。

「それで、グレイ。 私達とセイバー達がシリルって男と対面したら、それからはどうするんだい?」

「はい、そこからがこの作戦の本筋となります。 ここからは是非ともキャスターの策も取り入れて、堅実なものにして参りたいと思っています。」

「ふふふ。 私を使おうだなんて、とてもいいセンスじゃないか。 じゃぁ、話を伺おうか。」

こうして、セイバー陣営と凛、キャスター陣営とグレイによるシリル制圧作戦が更なる盛り上がりを見せて行った。

その決行日である明日の夜、社会の平穏と魔術師達の未来をかけた闘いが始まりを迎えようとする──