一方、桃園区の片隅──
午後の喧騒が一段落した小さな喫茶店で、キャスター陣営とグレイは静かに向かい合っていた。
窓から射す柔らかな光が、三人の氷水を静かに照らしている。
「纐纈さん、キャスター。 本日はお時間をいただきありがとうございます。 先日申し上げた通り、師匠──ロード・エルメロイⅡ世は多忙の為、拙)が申し伝えに参りました。」
「こちらこそわざわざありがとうございます。 ……でも、直接会って話す程の用件なんです?」
確かに、事務連絡ならROPEの通話機能で事足りる。
そう思った纐纈が疑問を投げると、隣のキャスターがくすりと笑った。
「ふふ、士。 見ていたろう? 前の面談で、私達が甘いものを食べていたら、彼女もホットケーキを頼んでいたのをさ。」
「ああ、そうだったね! グレイさんも甘いの好きなんです?」
「えっ……あ、はい。 それもあります。」
図星を突かれ、グレイの頬が僅かに紅潮する。
だがすぐに水を一口飲み、真面目な表情に戻った。
「それもありますが──本日は、どうしても直接お伝えしておくべきことがありまして。」
その声音に、キャスターが姿勢を正しながらもニヤリと笑みを浮かべた。
「ふむ、その表情。 冗談ではなさそうだね。 ……士、耳を澄まそうか。」
やがて各々の飲み物が運ばれ、コーヒーと紅茶の香りが立ちのぼる。
グレイは湯気の向こうで静かに告げた。
「──お二人は、近頃繁華街で相次いでいる暴動事件をご存じですか?」
「あぁ、SNSで話題になってましたよ。 そこからニュースサイトや動画投稿サイトでも見ました。 お巡りさん達、大変そうでしたねぇ。」
纐纈は、以前の教訓からニュースサイトチェックを欠かさなくなっていた。
キャスターもまた、コーヒーにシュガースティックを五本投入しながら口を開く。
「それに、目の色が変わっていたとか聞いたけれど……あれは魔術の影響なのかな?」
「はい。 その通りです。」
グレイの声が静かに重くなり、湯気の立つ紅茶を一口入れた後に話を続けた。
「目の異常な光──それは“魔眼”による影響と、師匠と拙は推測しています。」
「魔眼……って言うと、漫画とかでよく聞く様なあの力です?」
纐纈の思う通り、日常生活で”魔眼”と言う言葉を聞くことなどまずないと言えよう。
「仰る通りです。 魔眼は、魔術師の中でもごく一部しか扱えません。 現在では拙の身近な人でも、師匠の義妹・ライネスさん、そして元学友のイヴェットさん……その二名程です。 ですが──」
言葉を切ったグレイの沈黙には、重く冷たいものが潜んでいた。
「バーサーカー陣営の監督を務めていた魔術師、“シリル・ファラムス”。 彼もまた、魔眼の使い手だと師匠から聞き及びました。」
その名が出た瞬間、キャスターの口が軽く開くと共に手が止まり、纐纈は思わず立ち上がった。
「よっちゃんのとこの担当の魔術師ですって!? そいつが魔眼を持ってて、今度は町で事件を起こしてると!?」
「確証はありません。 しかし、状況から見てそれが最も自然な解です。」
グレイはそう言って、懐から小さなメモを差し出した。
ロード・エルメロイⅡ世直筆──事件の要点が、端的に整理された資料である。
「ふふ、なるほどね。 あの抜け目ない彼のまとめた情報なら、信頼できそうだよ。」
キャスターが余裕の笑みを見せてそう言うと、隣の纐纈が頷き、グレイの方へ身を乗り出す。
「つまりグレイさん、そのシリルって人を止めに行こうってことですよね!?」
「ふふ、やれやれ。 士の好奇心は時に雷より速いね。」
なにやら楽しそうな纐纈に、キャスターが微笑を浮かべた。
しかしその直後、グレイの瞳に陰が差す。
「……ですが、懸念もあります。」
彼女の言葉に、二人はカップを置き、耳を傾けた。
「シリル・ファラムスは──怨霊や死霊を使役する魔術師としても知られています。」
「えっ、それってつまりオバケってことです!? わぁお、気になってきました!」
「ふふ、士。オカルト趣味が顔を出してるよ。」
纐纈はオカルトマニアとまでは言わないが、美容室などで電子書籍があれば真っ先にオカルト雑誌を選ぶ程には関心があった。
しかし、グレイが小さく息を吐いて話を続けた。
「……その程度で済めばよいのですが。」
その時、彼女の隣に置かれた鳥籠が微かに揺れ、声が聞こえた。
「早い話がよぉ──こいつは墓守の家系のくせに、幽霊が苦手なんだ。」
その声を聞くなり、纐纈が思わず鳥籠に興味を示した。
「んえっ、 鳥籠から声が!? インコです!? オウムです!?」
「ふふ、士。それは流石にないと思うけどね。 あまりにも流暢すぎるよ。」
グレイは慌てて鳥籠の布を外し、中を見せた。
そこにいたのは、奇妙な意匠の施された立方体の“物体”だった。
「ご紹介が遅れました。 こちらは“アッド”。 拙の長年の相棒の様な存在です。」
「よぉ、お前らがロードを困らせてるって言う陣営か? 話を聞く限り、確かに面倒くせぇな!」
その姿に、纐纈の目が普段以上に丸く大きくなっていた。
「あら! 鳥かと思ったらまさかのでっかいサイコロ!?」
「誰がサイコロだっ! 俺は霊的存在を喰らう魔術礼装だ、覚えとけ!」
「ふふ、威勢がいいね。 これは面白そうだよ。」
鳥籠の中でも自信満々に語るアッドに、キャスターが微笑みを見せる。
その様子を見ながらも。グレイが更に口を開いた。
「アッドの力があれば、霊的な脅威にも対処可能です。 しかし、それでも油断はできません。 故に──他陣営との連携を提案するため、今日ここに参りました。」
その話を聞いた途端、キャスターの瞳がきらりと光る。
「ほぅ、興味深いね。 で、その陣営とは?」
「それは……。」
グレイが口を開こうとした、その瞬間──
「お待たせしましたー! ミルクレープのチョコソース添え、ホットケーキのはちみつ多め生クリームトッピング、そして特大いちごパフェです!」
まるで空気を読んでいないのか、寧ろ読んだ上なのか、絶妙なタイミングで従業員が彼らの注文したものを配膳に来ていた。
「はーい、ありがとうございます! 今日はキャスターの真似してケーキにチョコソースをガッツリにしてみたんだぁ!」
「ふふ、しかもミルクレープにしたんだね。 私は以前のグレイのホットケーキに倣って、はちみつを倍にしてみたよ。」
「お二人共、相変わらずですね。 かく言う拙も、纐纈さんが嗜んでいらっしゃったいちごパフェが気になってしまい……。」
目の前に並ぶ甘味の山は、三人にとって天国の様だった。
事件の話はどこへやら、空気は途端に和らいでいく。
──もし今ここにロード・エルメロイⅡ世がいたら、きっと甘党地獄にまた胸焼けを起こしていたに違いない。
「まったく……大丈夫か、こいつら。」
アッドがぼやきながら、三人を見上げていた。