聖杯戦争での現在残る参加陣営達の奇妙な夜会から数日のこと──
叡光大学の一角、午後の陽が柔らかく射し込む教室で、一竜は机に肘をつきながら講義を聞いていた。
今日の講義は史学科のみで、新聞学科の恵茉は隣におらず、剣道部の練習も休みで、コーチのアルバイトのないセイバーは自宅で留守番している。
そのせいか、一竜の心はどこか落ち着かないままだった。
「(……やっぱり、今残ってるサーヴァント達は強者ばかりだな。)」
脳裏に浮かぶのは、夜会で垣間見た英霊達の姿である。
「(ライダーのあの貫禄……。 言葉の端々に戦場の記憶が滲んでて、あれは本物の王者だ。)」
ライダーの纏う威圧感は、単なる武勇ではない。
修羅場をくぐり抜けた者にしか纏えぬ、“静かな覇気”だった。
「(それに──あのPyromindがキャスターだなんて。 戦術眼、分析力、どれも鋭すぎる。 何より冷静さや余裕まで備えてる……まるでコンピュータみたいだ。)」
一竜から見ても、キャスターも只者とは思えない様である。
重機の様なバーサーカーを討ち取った事実が、彼女の知略の証明と言えよう。
「(アーチャーの狙撃、ランサーの機動……。 みんな隙がない。 セイバーをどう立ち回らせれば……?)」
思考は螺旋の様に深まり、気づけば周囲の音が遠のいていたその時──
「……私市くん? なんだか上の空みたいけど、大丈夫か?」
大学生である一竜にとって痛恨なことが起こった。
隣に恵茉がいない故、いよいよ見兼ねて心配した教授に声をかけられてしまったのである。
「……あっ、御堂教授! す、すみません、ちょっと考え事を……!」
「あぁ、具合悪くないんならよかったよ。 でも、しっかり聞かないで単位を落としても知らないぞぉ?」
教授の軽口に教室が笑いに包まれ、一竜は顔を赤らめ慌てて姿勢を正した。
「(あちゃー、やっちゃったか……。 今度から講義中は作戦会議は控えよう……。)」
周囲の笑い声を背に、ノートを開き直し、強引に意識を現実へ戻した。
──講義終了後。
一竜は数人の同級生と共に校舎を後にし、久しぶりに男子学生の集まりで構内を歩いていた。
「いやぁ一竜、今日のあれはウケたな! 完全に魂飛んでたぞ。」
「あはは、いやぁ……最近色々あったし、寝不足ってことにしといて。」
一竜は苦笑いしながら、同級生の笑いの的にされていた。
「いやいや、どう見ても腑抜けてたろ? 新聞学科の美穂川さんとか、剣道部の非常勤コーチの直さんとか……最近やけに女の影が多いよなぁ。」
「極めつけに、なんか年上の美人なお姉さんとも歩いてたって話だしな。 お前、リア充にでもなろうってのか?」
友人の言う通り、恵茉とセイバー、そして大学外部者である凛と共に構内を歩く一竜の姿はある種のハーレムの様にも見えていた。
「はは……そんなんじゃないって。」
軽口が飛び交い、言い訳も考えていない一竜も笑いながらそう返すしかなかった。
ところが、そんな和やかな話も一つの話で流れが変わり出す。
「……そういえばさ、花園区の梨園町で暴動、止まらないな。」
その言葉に、一竜の表情が一瞬だけ固まる。
「ぼったくり店の乱闘とか、若者達の暴言暴力とか、SNSでも映像が回ってたよな。 やけにみんな“目”が光ってたとか。」
「専門家も頭抱えてるってさ。なんか、薬でも流行ってんのかね。」
その暴動事件が勃発したのは、数日前にシリルが冨楽の見舞いに訪れたその次の日からだった。
「(……悪い奴らや問題になってる人達が陥っていくこのパターン、なんだかいつぞやのバーサーカー陣営の暴走事件とも近いのを感じるな。 でも、今の陣営でそんなことしそうなのなんて考えられないし……。)」
真っ当に生きず悪の道へと向かう人間が次々と被害を受けるこの一連は、確かに過去のバーサーカーと冨楽によるぼったくり店襲撃事件と重なる。
一竜はその点について深く考えていると、いつしか凛が話していたことを思い出した。
「(……そういえば、凛さんが言ってたな。 バーサーカー陣営の監督の魔術師、シリル・ファラムスって男が相当な危険人物だったって。 魔眼ってのを使うって言ってたし、もしかしたら……!)」
思考の奥底で、危険な確信が形を取り始めたその瞬間──
「一竜? また妄想タイムか? 今度はどの子のこと考えてた?」
「え、あ、いや違うって!本当に!」
「言い訳すんな勝ち組〜!」
笑い話の様に話が流れていったが、友人の誰もが一竜の言葉を信じることはなかった。
仮にその考えを言ったとしても、そんな現実離れした話を誰が信じるのであろうか?
一竜は曖昧に笑いながらも心の奥で焦燥を押し殺し、友人らと共に隣町へ軽食しに向かって行った。
──同刻、一竜の自宅。
セイバーは一人留守番をしながら、静かに茶を啜る。
いつもの様に居合斬り動画を見ていたが、関連動画に目を引かれた。
「……むっ。 “花園区での暴動事件、続報”……。」
その動画に只ならぬものを感じたセイバーが、おすすめにカーソルを当て動画を再生した。
『連日勃発した暴動事件の最新情報です。 先日午後11時頃、花園区の梨園町で複数人の男女が数名の通行人に暴力や罵声をぶつけ、警察に取り押さえられた後に書類送検されました。 集団は、「汚いものを見るかの様な目で見られたから、カッとなった。」などと供述しており、被害者らにも一切謝罪の言葉もありませんでした。 専門家の見解では──』
画面には、今朝報道された事件の映像が映っていた。
「……この目の光、尋常ではありません。 魔術の干渉──否、誰かが意図的に“理性”を奪っているのでしょうか。」
茶を置いた彼女の眼差しは、まるで戦場の将の様に鋭かった。
穏やかな午後の部屋に、ただ一人の戦士の気配だけが張り詰めていた。
それから彼女は動画のシークバーを何度も動かしながら分析を始めた。
赤黒い光の瞬きが、まるで“誰かの意志”が人の瞳を通して笑っているかの様に見えた。
そして、遠く離れた場所では──その“誰か”が、次の一手を静かに仕込んでいた。