夜もすっかり更け、街の灯がゆらめき始めた頃──
奇妙な夜会が静かに幕を閉じ、各陣営が揃って居酒屋を後にしていた。
「皆、改めて急な誘いに応じてくれて感謝する。 これで、一戦交える前に其方達を知ることが出来た。」
ライダーは穏やかな笑みを浮かべ、静かにそう告げた。
その声音には、満足げな余韻と、どこか名残惜しさが混じっていた。
「ライダー。こちらこそ、この様な機会を設けていただき、感謝します。 我がマスター、一竜殿も漸く肩の力が抜けた様子です。」
「はは……そうだな。 とりあえず、纐纈さんもキャスターもライダーも、みんな悪い人じゃなくて安心したよ。」
セイバーの言葉どおり、ここ数日、一竜は聖杯戦争の行方に思い悩んでいた。
だが、この夜会で他のマスターと腹を割って話せたことで、ほんの少しだけ心に余裕が戻ったのだろう。
「では、私はこれにて。 いずれ、其方達と刃を交える日を楽しみにしているぞ。」
柔らかい笑みとともにライダーは背を向け、後ろ手を組みながら近くのバス停へと向かっていった。
その背が街灯の彼方に溶けるのを見届けると、アーチャーが軽く息をつきながら言った。
「さて、俺達も帰るとするか。 ランサー達もキャスター達も、この路線でいいのか?」
「あ、はい。 宝仙駅なんで……」
「あら、亜梨沙さん、隣の駅なんすね! 僕、鷹獲寺なんで、途中まで一緒ですよ!」
亜梨沙と纐纈が最寄り駅の話をしていると──
「アタシ達、潮干駅なんで、みんな同じ路線ですね。」
恵茉が続けて口を開く。
どうやら全員、黄色いラインカラーの電車で帰る様である。
「なら、そろそろ行こうか。すぐ後に若鷹行の便が来るからね。」
キャスターの一声で、一同は改札を抜け、夜風を背にホームへと歩き出した。
やがて同じ電車に乗り込み、静かな車内で会話が再び咲く。
「なぁアーチャー、いつか戦う前に、そっちの自転車とオレのランニングで勝負してみねぇか? ちょっと本気で競ってみたくなってさ!」
「ほう、それは妙案だな。 確かにお前さん、さっきキャスターんとこの士を助けた時も、見事な速さだった。」
先程の冨楽による襲撃騒ぎの際、ランサーは疾風のごとく駆け付けていた。
その時点で、誰の目から見てもランサーの取り得は俊足と言うことが分かり得よう。
「ランサー、また仲間が増えたね。」
「おうよ! そもそも、ここにいるみんないいヤツだから、気楽に話せんだよ!」
亜梨沙は、ランサーの相も変わらぬ陽気さや人懐っこさに呆気に取られていた。
「アタシは、亜梨沙さんにも興味ありますよ。 帝都医大卒っていうし、少しずつ頑張って話に入ろうとしてる姿も、頑張り屋さんな感じもしましたし。」
「恵茉ちゃん、ありがとう。 話せる様になったのも……ランサーがいつも背中を押してくれるから。」
そんなやり取りの中で、アーチャー陣営とランサー陣営の距離は一気に縮まっていった。
一方その隣では、セイバー陣営とキャスター陣営の静かな会話が続いていた。
「セイバー、私はキミに興味があるよ。 その芯の強さ──是非、もう少し知りたいね。」
「キャスター、それは嬉しいお言葉です。 御身の研究熱心さ、冷静さ……私も配信で拝見しております。」
キャスターが少し押し気味ではあるが、やはりこのサーヴァント二人も少しずつ交流が深まりつつあった。
「やっぱり、好きなことに真っすぐな気持ちって、どこか通じ合うもんだねぇ。」
「ふふっ、そうですね。 セイバーがここまで自然に話すなんて、珍しいことですよ。」
居酒屋から続く温かな空気は、そのまま電車の中にも流れていた。
やがて、車内アナウンスが響く。
『次は──潮干。お出口は右側です。』
いよいよ一竜と恵茉の最寄駅が近づいていた。
「一竜殿、我々の降車駅となります。」
「ああ。 亜梨沙さん、纐纈さん、今日はありがとうございました。」
「アタシからも、ありがとうございました。」
ドアが開き、セイバー陣営とアーチャー陣営は軽く頭を下げてホームに降り立つ。
「一竜くんも恵茉さんも、気をつけてねぇ。」
「恵茉ちゃん、ランサーとアーチャーがまた会う時にはよろしくね。 一竜くんも、また。」
纐纈と亜梨沙が手を振る中、ドアが閉まり、電車はゆっくりと動き出した。
ホームには、セイバー陣営とアーチャー陣営だけが残る。
「よし。 のんびり帰るとするか。」
アーチャーが軽く伸びをしながら言う。
「うん。 これで気持ちも軽くなったし、私市くんも今夜はぐっすり眠れそうだね。」
「はは……そうかもな。 さ、行こうか。」
改札を抜けると、夜の風が頬を撫でた。
街灯が等間隔に灯る通りを歩きながら、セイバーが静かに口を開く。
「やはり、この先の戦は過酷なものとなりましょう。 ランサーのあの相変わらずの身のこなし、キャスターの冷静な知略、ライダーの威厳……我々も気を引き締めねばなりません。」
「確かにな。 オレはキャスターが一番油断できないな。 彼女の事だから、なんとなくオレ達のことを観察してそうだったし。」
笑みを交わしつつも、その声には一抹の緊張が残っていた。
いかに語り合おうとも、彼らはいずれ敵として相まみえる運命にあるのだから。
「まあまあ、お前さんら。 気持ちはわかるが、来る時は来る。 それまで訓練でもして、もう少しこの時間を楽しもうじゃないか。」
「アーチャーの言う通りだよ。有事に備えるのも大事だけど、相手が見えたことで安心できたのは確かでしょ?」
「……ははっ、そうだな。 アーチャー、美穂川さん、ありがとう。」
一竜は肩の力を抜き、僅かに笑みを見せる。
その姿を見て、セイバーも静かに微笑んでいた。
夜の街は穏やかで──
それぞれの胸に残った余韻が、まだ消えぬまま揺らめいていた。
一方、電車の中ではランサー陣営とキャスター陣営が、それぞれの最寄り駅を目指していた。
揺れる車内に穏やかな雑談が交わされ、夜の余韻が静かに流れる。
「それにしても亜梨沙さん、なんだか前にあった時より積極的にお話ししてましたねぇ! やっぱり、日頃のランサーのフォローが効いてるんです?」
「あっ、はい。 そうなんです。 家でも彼、よく話しかけてくれるので……お陰で段々慣れてきたのかも。」
「ははっ、そりゃいいこった! サーヴァントとして召喚されたからには、マスターである亜梨沙には堂々としてもらいてぇからな!」
その明るいやり取りに、車内の空気も少し柔らぐ。
この陣営同士は以前から言葉を交わしていたこともあり、亜梨沙の肩も自然と力が抜けていた。
「ふふ……やっぱり、共に暮らすというのは影響し合うものだね。 私も、士の影響で──甘味にハマってしまったし。」
「えっ、SMOKEさん甘党なんですか!? 鍛えていらっしゃるのに、意外です。」
「ははっ、週一に抑えようとしても……結局、週三か四回は食べちゃうんですよねぇ。」
小さな笑いが零れる空気のまま、電車は宝仙駅へと減速していく。
「おっと、降りるぞ亜梨沙。 SMOKE、キャスター、またな!」
「ランサーもまたねぇ。 次は……できれば戦い以外で会おうねぇ。」
「ふふ、私も士と同じくさ。」
電車を降りる二人を、キャスター陣営が手を振って見送った。
やがて車体が遠ざかり、ランサーが亜梨沙に向き直る。
「さて、帰るか!」
「うん、行こう。」
二人の表情には、穏やかな達成感が宿っていた。
亜梨沙は先のくじイベントで目当ての景品を手にし、ランサーもアーチャーとの“健全な交流と勝負”を約束した。
それぞれの心に、細やかな満足があった。
夜の街は人気も疎らで、二人の靴音だけがアスファルトの上で軽やかに響く。
「なぁ亜梨沙。 アーチャーのマスター──恵茉って言ったっけか?しっかりしてて優しくて、いい奴だったな。」
「うん、そうだね。 恵茉ちゃんには色々助けて貰って、話しやすかった。」
彼女にとって、これは小さくも大きな救いだった。
この“新制度の聖杯戦争”は、魔術師ばかりだった本来のものとは違う。
素性も知らぬ一般人同士が相まみえる、不安定な戦場である。
亜梨沙にとって、初めて顔を合わせたのは既に退場したアサシン陣営――あの猪狩という明らかに堅気ではない強面だった。
だからこそ、恵茉のような人間らしい温かさに触れたことで、心の底から安堵したのだ。
「はっはっは! そいつは何よりだな! オレもアーチャーとなら、気持ちよく競い合えそうだ!」
ランサーの笑みは眩しくも、どこか切なげだった。
「……やっぱり、いつか闘っちゃうんだよね。」
「あぁ、そうだな。」
彼は空を見上げ、小さな笑みを浮かべる。
「でもよ、オレはこれまで何度も血の雨の中で生きてきた。 どうせなら、気の合う奴と全力でぶつかってみてぇんだ。」
その声音には、戦士としての誇りと、人としての哀しみが混じっていた。
二人はそのまま、月明かりの下を並んで歩いていった。
戦う運命を背負いながらも、今だけは“普通の帰り道”を楽しむように。
──そして。
電車が鷹獲寺駅に到着し、キャスターと纐纈が静かに改札を抜ける。
夜気が肌を撫で、二人の間には居酒屋での余韻がまだ残っていた。
そんな中、纐纈がふと思い出した様に口を開く。
「キャスター。 さっきの飲みの時、なんか思い付いた顔してたよね? 有力な話でも掴んだ?」
「ふふふ。 やはり士には気付いたれたか。 まぁ、結論からざっくり言うと──」
彼女は小さく息を吸い、穏やかに続けた。
「アーチャーとランサー、そして姿を見ることのなかったアサシン。 彼らの真名が、ほぼ見えた気がしてね。」
その一言に、纐纈の身体が思わずのけ反る程に驚いた。
「えぇっ!? あの会話の中で分かっちゃうの!? キャスター、凄すぎない!」
「ふふふ、まぁ確信には至ってないけどね。予測の域は出ないさ。」
キャスターは帽子の鍔を指で押し上げ、得意げに笑った。
「アーチャーは、共に闘った兄弟が命を落とす撃ち合いの話。 ランサーは、女性を戦場に立たせなかったという話。 そして、ランサーの話に出てきたアサシンの“ギャング然とした男”、顔の傷と銃の話。 ここまで揃えば、線が見えてくる。」
「なるほど……確かに、そう言われたら俺もピンと来るかも。」
纐纈の瞳がわずかに輝く。
三国志のみならず世界史にも関心がある彼なら、その推測が的を射ていることも直感で分かっていた。
「ふふっ、大分私の思考パターンを掴んできたね。 じゃあ、今ここで私が彼らの真名を敢えて口に出さない理由も理解できるかな?」
「うん。 なんとなく分かるよ。 せーので言ってみようか?」
「ふふふ、いいね。 じゃあ──せーのっ!」
あまりいい予感はしないが、念の為に聞いてやってみよう。
「べらべら喋ってたら、死亡フラグが立つから!」
「べらべら喋ってたら、死亡フラグが立つから!」
「おぉっ、やったー! どんぴしゃりで当てた!」
「ふふふ。 まぁ、ここまで話した私達の行く末も、きっとナレーションが分かるだろうね。」
……何度も言う様だが、あまりメタ的な発言やこちらの存在を仄めかす様な発言は、読者が気を悪くする場合があるので控えて貰いたい!
ともあれ、キャスターの推理によって、この“聖杯戦争”の盤面は、また新たな一手を迎えようとしていた。
──夜風が静かに、次なる幕開けを告げようとしていた。