やがて──聖杯戦争に臨む者達による奇妙な夜会は、ライダーの一声で新たな方向へと転じた。

「さて、一通り自己紹介も終えたな。 ここからは、それぞれ思うままに話を広げてゆこう。 無論、改めて申すが素性や聖杯への願いは伏せるが様にな。」

その声音には、長き戦場を渡り歩いた者らしい重みがあった。

この席でライダーが求めていたもの──それはいずれに刃を交えるサーヴァント達の“人となり”を知ることに他ならない。

その呼びかけに、最初に応じたのはランサーだった。

レモンソーダをおかわりし、山盛りのカレーライスを前に、彼は満面の笑みで声をあげる。

「じゃぁさ、みんなどんな趣味で楽しんでんのか気になるな! オレは毎日、公園のグラウンドとか街を走ってるんだぜ!」

「ほぅ、やはり体を使うのが趣味か。 俺は自転車だが、毎日の様に風を切って走ってるよ。」

即座に応じたのはアーチャーだった。

アウトドアを愛する二人の波長は、やはり合致する様である。

「おぉ! だよなぁ、アーチャー! アンタとは気が合うと思ってたんだ!」

「そうだな。 他は……ライダーは散歩だし、セイバーはボードゲーム、キャスターはビデオゲームだろ? やっぱり俺らが一番アクティブって訳だ!」

二人は互いに笑い合い、それぞれの飲み物を豪快に傾ける。

その光景を見て、セイバーとキャスターも静かに口を開いた。

「されど、二人共。 ボードゲームもまた佳きもの。 戦略を練り、手を使って盤面に挑むことで、頭脳の鍛錬にもなるのです。」

「ゲームだって同じさ。 オンラインでより多くの相手と戦えるから、状況への適応力が磨かれる。 この時代は様々なジャンルのゲームが揃ってるしね。」

二人が語る口ぶりは真剣で、その眼差しはスポーツに情熱を注ぐランサーやアーチャーに劣らぬ熱を帯びていた。

その様子を見たライダーが、柔らかに笑みを浮かべる。

「キャスター。 それは、其方が配信で収益を得ているのも理由のひとつか?」

「ははは、確かにそれもあるな。コメント(見てる奴らの声)が流れて、投げ銭が飛んでくるのも面白いもんさ!」

ライダーの言葉に、ランサーも頷きながら笑った。

「分かる分かる! その立ち回りは見てて面白ぇからな!」

「えぇ。 あの策略と身のこなし……人々を魅了するのも必然でしょう。」

アーチャーが大きく頷き、セイバーが静かに肯定する。

キャスターは満足げにグラスを揺らし、紅の液体をきらめかせながら笑った。

「ふふふ、やはりセイバーは分かってくれると思っていたよ。 ゲームこそが私の策を最も鮮やかに外へ放てる舞台さ──まぁ、これは建前かな。 本音を言えば、純粋に夢中になってしまっただけなんだけどね。」

そう言って、彼女はカシスオレンジを口に含む。

その姿は、夜会のざわめきに溶け込みながらも、ひときわ堂々としていた。

──このサーヴァント達の趣味談義は、隣の卓のマスター陣の耳にも当然届いていた。

先程の自己紹介で幾分か肩の力が抜けたのか、意外にも最初に口を開いたのは亜梨沙だった。

「セイバーって……そんな趣味があったんだね。」

「そうなんですよ。 オレの持ってたボードゲームをきっかけに、どんどんハマっちゃって。 今じゃオレが勝てないくらい強くなっちゃいました。」

苦笑しながら一竜が明かすのは、日頃の連敗記録である。

かつて高校時代にボードゲーム部でトップに立っていた彼にとって、それは少なからず悔しいものだった。

「はは! うちのキャスターも同じだよ! 最初は俺の家にあったゲームで遊んでただけだったのに……今じゃプロゲーマー顔負けの腕前だし、環境も超ハイエンドになっちゃってさ!」

「なるほど。 纐纈(くくり)さんも同じ様な体験をされたんですね!」

互いに似た境遇を持つ二人は、自然と会話に熱を帯びていった。

その様子に恵茉も思わず笑い、亜梨沙の口元もようやく綻び、夜会は賑わいを増してゆくのだった。

それぞれの談笑が花開いていた折──

ライダーがふいに杯を置き、重々しく口を開いた。

「……ふふふ。 其方らには、やはりそれぞれの“強さ”というものがあるのだな。」

その声音には、一つの確信めいた響きがあった。

異変に気付いたアーチャーが、怪訝そうに問いかける。

「おっと? ライダー、どうした? 急にしんみりしやがって。」

「いやさ……。 私の理想が、『民が強さを持つこと』である故な。」

──それは、己で制した筈の禁を破る言葉だった。

素性や願いは語らぬ様にと自ら定めながらも、この穏やかな夜会の空気が、彼から思わず言葉を零させたのである。

興味を覚えたキャスターが、口元に笑みを浮かべて身を乗り出す。

「ほぉ、強さねぇ。 数多の戦場を越えてきたからこそ、戦士の強さこそがキミの理想ってことかい?」

「確かに、戦での強さも必要な時はあろう。 だが──私が求めるものは、それだけではない。」

マリブソーダの残りを啜り、ライダーは哀愁を帯びた眼差しでサーヴァント達を見渡した。

「心の強さ。 信念を貫く強さ。 己の特技を活かす強さ。 そして……好奇心に突き動かされる強さ。 其方らが各々の趣向を胸に、この時代を謳歌している姿こそ、正にその証であろう。」

その言葉に応える様に、セイバーが静かに口を開いた。

「なるほど……。 確かに、誇れるものや嗜めるものを持たぬ者は、生きる意味すら見失い、心をも失ってしまうことでしょう。」

「そうだな、セイバー! じゃあ、アンタの理想もやっぱり“強さ”ってやつか?」

ランサーが身を乗り出し、卓を叩かんばかりの勢いで問う。

セイバーは一拍置き、凛とした眼差しで答えた。

「否。 私の理想は──『人々が優しさを持つこと』でございます。」

その言葉は澄んだ鈴の音の様に、場に静謐(せいひつ)(もたら)した。

だが、その表情にはどこか切なさも滲んでいた。

「ふむ。 では、セイバー。詳しく聞かせて貰えぬか?」

ライダーの静かな促しに、彼女は頷く。

「はい。 争いの多くは、人が優しさを欠いた時に始まります。 無論、優しさだけで全ての争いを消せるとは思いません。 それでも──無駄な争いを減らせるのなら、それだけで充分だと私は思うのです。」

その真摯な声に、卓を囲む面々は静かに頷いた。

「そうか。 争いを根絶するのでなく、無駄を減らすことで流れを整えるか……。 実に現実的であるな。」

「俺もセイバーの考えには賛成だ。 俺はな……ほんの些細なことでカウボーイの奴らと撃ち合いになって、協力した兄弟らに負傷を負わせた。 あれも優しさを欠いた愚かな争いだったよ。」

アーチャーの吐露した言葉は、彼にとって生涯最悪の記憶であった。

それは語り継がれてきた大事件──歴史に刻まれた惨劇の一片である。

「強さと、優しさねぇ……。」

キャスターは小さく笑みを浮かべ、杯を傾けながら言葉を噛みしめていた。

当然、その会話は隣の卓のマスター達の耳にも届いていた。

「おぉ……なんか深い話になってきたな。 今のは“強さと優しさ”の理想の話かな。」

一竜がグラスを置き、感慨深げに呟く。

「うん。 みんなの生き様の断片が見えるみたい。」

本当(ほんと)……やっぱり、どのサーヴァントも過酷な時代を生き抜いてきた戦士達なんだねぇ。」

恵茉と亜梨沙は、グラスを抱えたまま言葉を失い、ただ彼らの在り方に魅せられていた。

だが、その一方で纐纈(くくり)は、キャスターの表情に気付く。

「(キャスター……。その顔、何か思いついた時の顔だねぇ。)」

三、四ヶ月を共に過ごした相棒だからこそ分かるその表情は、また新たな策を胸に抱きつつある証であった。

こうして、奇妙な夜会は静かに──それでも熱を孕んだまま続いてゆく──