それぞれが杯を交わし、奇妙な夜会の幕が静かに開いた。
アーチャーが豪快にビールを煽り、ランサーが炭酸の弾けるレモンソーダを喉へ流し込む。
対して、セイバーとキャスター、そしてライダーは、それぞれの杯を慎ましく嗜んでいた。
やがて、この場を設けた張本人──ライダーが口を開く。
「では、一度改めて、簡素な自己紹介をしよう。 まずは私からだな。」
マリブソーダの入ったグラスを卓に置き、彼は言葉を選ぶように続ける。
「改めて、私のクラスはライダー。 かつて、とある島国で王を務めていた。」
そこには、余計な飾りも過ぎた誇張もない。
ただ断片だけを差し出すその語り口に、王の矜持が滲んでいた。
出自を明かすことは真名に直結する故、語りすぎぬ節度もまた、戦場に臨む者の知恵だった。
「なるほど……御身が只者ではないと感じておりましたが、やはり王でしたか。」
濁酒のグラスを置きながら、セイバーが納得した様に声を洩らす。
ライダーは小さく笑みを浮かべ、肩を竦め続けた。
「尤も、その道程は輝かしいものではなかった。 血に塗れた人生であったよ。」
そこには、従兄弟を討ち、仲間を失い、それでも覇を唱えねばならなかった王の記憶が滲む。
血と鉄の臭いがまだ皮膚にこびりついているかの様だった。
「はっはっは! 血生臭いのは分かるぜ! オレだって戦には散々乗り込んできたけどさぁ、ぶっちゃけどれも面倒だったよ!」
陽気に笑うランサーの声が、張り詰めた空気を軽く払う。
「ほう、其方も<戦場を知る身か。」
「おっ、俺も丁度お前さんが気になってたんだよ。 ランサー、次はお前さんから聞かせてくれよ。」
ライダーが興味を示すと共に、アーチャーもジョッキを片手に身を乗り出した。
「おうとも! オレのクラスはランサー! ちょっくら戦に明け暮れた男だ!」
出生は隠せど胸を張って言い放つその調子は、彼らしい気負いのなさだった。
「おっ、やっぱり活きがいいなぁ。 差し詰め、戦場のエースってところか?」
アーチャーが更に興味を覗かせ、続け様に問いを投げかける。
「あぁ、なんていうか……どっちかっていうと指揮官をやることの方が多かったな。」
頭を掻き笑いを浮かべるランサーは、それでも出生を伏せるが、その功績は充分なものである。
「なるほど。 戦場を理解する指揮官……御身が亜梨沙殿を鼓舞出来る訳でしたね。」
セイバーがいつぞやの模擬戦を思い出し、杯の濁酒を揺らしながらしみじみと頷く。
「だろぉ? 戦場じゃあ、互いの持ち味を出し切るのが一番面白ぇからな! まぁ、闘いの場で女を受け入れたのは、亜梨沙が最初で最後だけどな!」
笑いながら言い切る姿の裏に、彼の価値観が透けて見えた。
戦を至上とし、女すら戦場にも自身の神殿にも通さぬ程に遠ざけてきたが、その矛盾が今この場では逆に亜梨沙との縁を浮かび上がらせている。
キャスターがグラスを弄びながら、口角を僅かに上げて呟く。
「……なるほど、ね。」
深く追及はしないが、彼女の目は何かを見抜いた様に光っていた。
「さて──ランサーを引き出した手前、次は俺の番だな。 それで丁度、時計回りだ。」
ビールのジョッキを置き、アーチャーがゆっくりと語り始める。
「俺のクラスはアーチャー。 早い話が……ガンマンってとこだ。」
保安官としての過去は伏せたまま、しかし彼は銃を糧に生きてきた男の匂いを隠さなかった。
「ガン……っていうと、あれか?」
ランサーが思い出した様に、隣の卓の亜梨沙へ声を掛ける。
「なぁ、亜梨沙。 ちょっとスマホで画像出してくれるか?」
「……えっ? うん、分かった。」
ランサーに促され、亜梨沙がスマートフォンの画面に映したのは──M1911。
「アーチャー、こんな感じのヤツだろ? 前にアサシンと当たった時に見たんだ!」
ランサーが、今や離脱したアサシン陣営との戦いを経て、後に調べていたものだった。
「ほぉ、そいつはオートマチックだな。 俺が使うのはリボルバーってヤツだ。 検索すりゃ一発で出てくるぜ。」
「へぇ、この手の武器にも色々種類があるんだな!」
ランサーの目は輝き、アーチャーの声はどこか誇らしげに響いた。
そこで、キャスターが柔らかな笑みを浮かべながら切り込む。
「ところでランサー──そのアサシン、どんな姿をしていたか覚えているかい?」
「あぁ、そういやそうだな! 同じ銃を使う相手なら気になるぜ!」
アーチャーもまた、ガンマンとして身を乗り出して耳を傾ける。
「確か……スーツにハット、それに左頬に傷のある男だったな。」
「ふむ、近代のギャングといったところかな。」
カシスオレンジを口に含みながら呟くキャスターは、探偵の様に情報を繋ぎ合わせていく。
その姿は、静かな推理の序章の様にも見えていた。
「キャスター。 御身も自己紹介をされては如何でしょうか。」
「そうだな。 順番的にも、次はキャスター、お前さんの番だろ。」
セイバーとアーチャーの視線を受け、キャスターは小さく笑みを浮かべる。
時計回りに語るなら、確かに次は彼女の番だった。
「ふふふ、そうだね。 改めて、私がキャスター。 かつては軍師として仕えてきた者さ。」
カシスオレンジの入ったグラスを卓に置き、両の手を軽く広げて堂々と語るその姿は、舞台の上で観客を魅了する演者の様でもあった。
「へぇ! 組織の中で動くタイプには見えねぇから、なんか意外だな!」
真っ先に豪快に笑いながら反応したのはやはりランサーだった。
配信やスイーツ巡り、中華料理店にふらりと現れると聞く気ままな彼女からは、とても軍師の姿は想像できなかったのだろう。
「まぁね。 でもこう見えて、戦場でトップに立ったことだってあるさ。 その経験も活かして──今じゃゲームで名を上げてるからね。」
得意げに語る声は、どこか現代を楽しむ自由人そのものである。
「確かに、PyroMindとしての御身の名声は目覚ましいものがありますね。」
ご存じではあると思うが、セイバーも人並みに彼女の活躍を知っていた。
剣術動画を漁っていると、必ずと言っていい程に彼女の配信アーカイブがおすすめに並ぶのだから。
「ふむ……やはり皆、この時代で己の趣向を楽しんでいるのだな。」
ライダーが目を細め、マリブソーダを含みながら呟く。
戦に明け暮れた日々を思えば、現世で武人がこうして日常を謳歌する姿は眩しくさえ映った。
そしてグラスを卓に置き、次の矛先を向ける。
「さて──セイバー。 いよいよ其方の番だな。」
「承りました。 私のクラスはセイバー。 とある事情により、刀を執った者です。」
淡々とした言葉に、無駄は一切ない。
だが凛とした声音は、それだけで彼女の生を語っていた。
「セイバー、その剣筋と直感は、ぜひみんなに知って貰いてぇな。 ランサー、お前さんも一度手合わせしたんだろ?」
「おぅよ! あの観察眼と踏み込みは流石だったぜ! 次は簡単に勝てねぇかもな!」
アーチャーとランサーの言葉には、かつてそれぞれ模擬戦で交わした刃の手応えがこもっていた。
「ふむ……確かに、真剣を映す良き目をしている。」
静かに頷くライダーの瞳は、かつて無数の戦士を見定めてきた王の眼差しだった。
その目から見るにも、セイバーの優しい顔の底にある芯の強い凛とした強さを、ライダーは静かに見抜いた。
やがて、キャスターが探る様に笑みを向ける。
「ふぅん。 セイバーはやっぱり戦闘に特化したサーヴァントみたいだね。 きっと、何か特別なことがあってその強さを得たのかな?」
「幾人もお褒めに与り、光栄に御座います。 されど……特別なことなどして御座いません。 ただ日々、鍛錬を怠らなかったまでのことです。」
そう言って軽く頭を下げる彼女の口から、これ以上の言葉が零れることはなかった。
多くを語らぬことこそ、彼女の強さ、そして機密保持。
その強かさに、キャスターもまた静かに目を細め頷いた。
尚、サーヴァント達が名乗りを上げていた同じ頃──隣の卓に陣取るマスター達もまた、その空気を自然と察していた。
「なんだか、自己紹介の流れっぽいねぇ。 こっちも合わせてやっちゃった方がいいんじゃない?
「じゃあ、言い出したお兄さんからどうぞ。 次はオレが続きますんで。」
纐纈の何気ない一言と一竜のすすめから、マスター陣の自己紹介も始まっていった。
「じゃぁ、ぼちぼちいっちゃお! 俺、纐纈士。 普段は“SMOKE”って名前で、のんびり気ままにフリーランスでクリエイターをしてるよ。」
気負いのない調子で話された彼の自己紹介に反応したのは、左隣に座る一竜である。
「あれ……キャスターのアーカイブとか投稿動画の関連動画で、SMOKE名義の楽曲動画とか見かけたことあります。 それに、その苗字って珍しくないですか?」
「うん、よく言われるよ。 学生時代なんか、初対面の先生に必ず読み方を聞かれたくらいでさ。」
軽く笑う纐纈のその言葉は、本名を名乗る場面で幾度となく使ってきた鉄板のネタだった。
そして流れは、そのまま一竜へと移る。
「じゃあ、次はオレですね。 オレ、私市一竜です。 叡光大学で史学を専攻してます。」
その名を聞いて、この中で唯一彼と初対面だった纐纈が軽く乗り出す。
「叡光大学!? かなり前の時の仕事で関わったことがあったけど、まさか在学生さんと関われるなんてねぇ!」
「へぇ、纐纈さんにも意外な縁があったんですね。」
男同士ということもあり、一竜と纐纈は叡光大学の話題で早速打ち解けていた。
「じゃあ、その流れで次はアタシだね。 アタシは、美穂川恵茉です。 同じく叡光大学で、新聞学科を専攻してます。」
一竜の向かいに座る恵茉は、この場で誰よりもハキハキと自己紹介をした。
「……凄い! 二人共、いい大学で学んでるんだね。」
控えめな声ながら、亜梨沙が勇気を振り絞って口を開いた。
彼女が自ら会話に踏み込める様になったのは、普段からランサーが背中を押してくれていたからかもしれない。
「はい。 海外の新聞社で働く両親に近づこうと思って、この学科を選びました。 じゃあ次は……亜梨沙さん、でしたっけ?」
自然かつ話しやすい流れを作り、恵茉が亜梨沙へバトンを渡す。
「あ……うん。 ……小鳥遊亜梨沙です。 大学卒業後、今は宝仙区で歯科事務員をしてます。」
彼女なりに頑張って名乗ったものの、多くの視線にさらされ、オレンジジュースのグラスを持つ手が小刻みに震え、目も泳がせていた。
「亜梨沙さんも大学出てたんですね。 どこ卒か、聞いてもいいですか?」
亜梨沙の力みを和らげようと、恵茉が優しく問いかけると──
「……帝都医大。」
「!!」
その一言で、場が一気に騒めいた。
帝都医科大学といえば、都内でも指折りの医学の名門である。
「亜梨沙さんも凄い大学を卒業されてたんですね!」
「やっぱり、その……将来的には歯科医を目指してるんですか?」
「え、あぁ……うん。 でも……まだ下積みだし。」
一竜、恵茉、亜梨沙──三人が自然と大学トークに花を咲かせていく。
「(あはは……どうしよう。 完全に俺の入る隙がなくなっちゃったぁ……。)」
唯一人、高卒の纐纈は、心の中で苦笑しながらハイボールを傾けていた。
だがその様子すら、静かに続く夜会の熱気の一部に溶け込んでいった。