いよいよ残る五つの陣営が一堂に会し、広場には緊迫した空気が張り詰めていた。

夕闇が迫る裏道の広場、その沈黙を最初に破ったのはセイバーだった。

「……時にライダー。 何故御身(おんみ)は単独で行動を?」

「うむ、私には単独行動のスキルが備わっていてな。 それに、マスターである轡水京介(ひすいきょうすけ)は気難しい男でな……故に、こうして散策を日課としているのだ。」

淡々と答えるライダーの口ぶりに余計な色はなく、事実だけを切り取るかの様だった。

とはいえ、この“新制度の聖杯戦争”に於いて、サーヴァントとマスターが別行動を取るのは明らかに不利である。

それでも成り立っているあたり、ライダーの格の高さを示していた。

「へぇ、変わった陣営もいるもんだねぇ!」

「ふふふ、自由度が高いとも言えるね。」

纐纈(くくり)とキャスターが顔を緩めて感想を漏らすと──

「お前らが言うな。」

誰もが呆気に取られていた中、まるで打合せでもしたかの様に、ぴたりと同時にアーチャーとランサーがツッコミを入れた。

キャスターは今や人気ゲーム配信者で、纐纈(くくり)はこの中で誰よりもマイペースである。

そんな二人に“変わっている”と言われれば、その様な返しも当然だろう。

「ふむ……やはりその空気からして、今の其方らは闘う意志がないと見える。」

ライダーの視線は鋭く、先程まで人命救助に協力していた彼らの姿が脳裏に残っていた。

それに対して、恵茉が一歩前に出て淡々と返す。

「えぇ。 今日はアタシ達、それぞれ遊びに来てただけだからね。」

続いて、少し気圧されながらも亜梨沙が声を上げる。

「それに……この中でも“はじめまして”の人もいますし……。」

戦いに馴れた魔術師であれば即座に衝突もあり得ただろう。

しかし彼らは“普通の人間”をマスターに抱えた陣営故、即座に戦闘になる訳もなかった。

ライダーはしばし沈黙し、そして何かを決めた様に口を開く。

「……よし。 ならば、こうしよう。 皆、私に着いて来て欲しい。」

突如の提案に、一同は一斉に視線をライダーへ向けた。

その中で、一竜・恵茉・亜梨沙が小声で囁き合う。

「えっ、急にどうしたんだ?」

「そうだよね……ライダーも今は闘う気はなさそうだけど。」

「でも……どんなサーヴァントか分からないし……。」

冷静な恵茉とは対照的に、一竜と亜梨沙には警戒の色が残る。

「ねぇキャスター。 これって面倒くさくなるヤツかな?」

「さぁ、どうだろうねぇ?」

纐纈(くくり)は心配そうに眉を寄せながらも、キャスターはいつもの余裕な笑みで肩を竦めていた。

「ライダー……一体、何をするおつもりでしょう?」

「まぁっ、(やっこ)さんが動くなら、俺も構わんぜ。」

「よし、一先ず様子を見てみるか!」

残るサーヴァント達も各々に構えを崩さぬまま、ライダーの背に従う。

こうして、一同は広場を離れ、栄植(さかえ)から茗渓町へと姿を消していった。

やがて、一同はとある場所でそれぞれ視線を合わせていた。

そこは、茗渓町の一角にある大衆居酒屋である。

喧騒に満ちた店内で、片方にはセイバー、アーチャー、ランサー、キャスター、ライダー──

もう片方には一竜、恵茉、亜梨沙、そして纐纈(くくり)──

それぞれが卓を分け、向かい合って座っていた。

暖簾を潜ってから数分が経っても、言い出しっぺであるライダーと飄々としたキャスターを除けば、全員どこか呆気に取られた顔のままだった。

「ねぇ、これって何が始まるの?」

「さぁ……オレが知りたいです。」

纐纈(くくり)のふとした問いと一竜の苦笑まじりの返答で、張り詰めた空気が和らぐ。

そこへキャスターが肩を竦め、視線をライダーへ向けた。

「それで、ライダー。これから何を始めるつもりだい?」

「ふむ……単純な話だ。 この聖杯戦争が本格化する前に、一度、語り合っておきたかった。 血で汚す前に、な。」

ライダーの声は静かで、どこか沁み入る様だった。

武勇と同じだけ、言葉でも戦ってきた者ならではの提案である。

セイバーが小さく目を見開き、彼の言葉にこう返す。

「……御身(おんみ)は見るからに穏やかとは思っておりましたが、ここまでとは。」

「私とて戦を生き抜いた身。 だからこそ、争いの空しさも骨身に染みている。 故に──せめて今宵くらいは、酒を片手に語らおう。 無論、語りすぎぬ程度にな。」

俯きがちに過去を語ったライダーは、やがて顔を上げ静かに微笑んだ。

「はっはっは! いいじゃねぇか! ここにいるみんな、悪い奴らには見えねぇしな!」

「俺も賛成だ。 こういう時間も必要だろう。」

陽気なランサーと落ち着いたアーチャーが即座に賛同し──

「ふふふ。 平和的な語らいとは、寧ろ歓迎だよ。」

「左様ならば、私も異存はありません。」

キャスターとセイバーも順に頷き、流れは固まった。

「皆、急な誘いにもかかわらず感謝する。」

微笑みながらそう言うとライダーは店員を呼び、それぞれが飲み物の注文を始める。

「私は──マリブソーダをいただこう。」

ライダーが、故郷の香りを思わせるココナッツの甘い酒を選び──

「ならば、私は濁酒で。」

「俺はビールだな。」

セイバーとアーチャーも、それぞれの時代を偲ぶ様に選び──

「じゃあ、私はカシスオレンジでいこう。」

キャスターは甘いカクテルで軽く杯を楽しむつもりで選ぶ中──

「じゃぁ、オレはレモンソーダで。」

唯一、ランサーだけが酒を選ばなかった。

「む? 酒は嗜まぬのか?」

「あぁ、いやぁ。 ちょっと宗教的にな。 それで飲む気になれねぇんだよ。」

彼の選択には、ヒンドゥー教の価値観の背景があった。

禁じられてはいないが、マヌ法典では”五大罪”の一つとされる他、公の場で酔うことは“恥”とされる。

ランサーの笑顔には、その矜持がにじんでいた。

そのやり取りを聞いて、纐纈(くくり)が手を叩く。

「なんだかそっち、飲む感じの雰囲気みたい。 じゃあ、こっちも頼もうよ! 俺はハイボールかなぁ!」

先程までキャスターとスイーツを散々食べていた分、糖質控えめを選んだらしい。

「あぁ、じゃあオレはウーロンハイで。」

「アタシは梅酒ソーダかな。」

一竜と恵茉も、無難なもので続き──

「……(あたし)はオレンジジュースで。」

亜梨沙も、ランサーに続いてソフトドリンクを選ぶ。

「おっ、亜梨沙さんもランサーの宗教観に合わせたんです?」

「……あっ、いえ。 (あたし)、お酒に弱いだけで……。」

纐纈(くくり)の軽い問いに、亜梨沙はしおらしく答えた。

彼女も見るからに飲みの場で楽しむタイプではなく、特に意外性もないだろう。

やがて一分も経たぬうちに卓上にはそれぞれの杯が並ぶ。

こうして、この聖杯戦争に於ける陣営による、奇妙な場での奇妙な夜会が始まろうとしていた──